アニメ『十二国記』「風の万里 黎明の空」篇をみたので感想。
慶国の王となることを選んだ陽子だったが、その道もまた苦渋に満ちたものであった。世界のことも政治のことも知らぬ陽子のもとで、官吏たちはそれぞれの思惑で慶の朝廷を牛耳る。誰が正しく、誰が不実なのかもわからぬまま、困惑するままに王としての務めを果たそうとする陽子だったが、官吏たちの蔑みようは露骨で、また謀反の噂すらあり、この四面楚歌ともいうべき状況の解決策を見いだせずにいた。そんな折、慶国に胎果の女王が立ったというしらせを聞いた、それぞれ別の国に住む少女二人が、その新たな女王のもとに向かうことを決心しつつあった。
『十二国記』シリーズでも前半のクライマックスともいえる挿話が、アニメ版でもひとつの区切りとなる。陽子に加え、おなじく現実世界から流され、横暴な仙のもと100年あまり下働きを続けてきた大木鈴、非道な統治の末、反乱を起こされ討たれた芳国の王の娘、祥瓊の二人が主人公格として登場し、この三者の視点が切り替わりながら進行する語りは原作同様。この三者がモノローグで適宜状況を補ってくれるので、輻輳的なプロットでも混乱せずに視聴できる親切さ。
それに加えて、アニメ版では陽子とともに十二国の世界に流され、行方不明になっていた同級生、浅野が再登場し、思わぬ運命をたどることになる。浅野と同じく十二国に流された杉本は、最終的に現実世界で生きることを選び取ることで陽子の物語のネガとして収まるべきところに収まったという感じだが、長い放浪の末ほとんど狂気にかられたといっていい浅野の結末は悲壮で、意外の感をもった。この浅野がストーリーに絡みつつ、しかし原作の大筋は損なわないというバランス感覚に、脚色の會川昇の手腕をみた。
「月の影 影の海」が陽子が王になることを選び取る物語だったとすれば、この「風の万里 黎明の空」は陽子が王としての一歩を堂々と踏み出すまでの物語。人々の頂点に立つ王という立場が、その実、自身にかしずく多くのものたちの有形無形の力で縛られていること。ほとんど自己運動するといっていい官僚組織の前では、王といえども決して自由にその力をふるうことはできないこと。そして何より、無数の他者の思惑と意図を理解することが、一人の人間にとっていかに困難かということ。そうしたリアリズムが貫徹しているからこそ、十二国の世界という架空の舞台が強力な活力を得るのだし、そこでの試練に書割以上の迫真性が宿る。
優れた原作の魂をあますことなく伝える、優れたアニメ化だったと思います。
先日亡くなった山崎和佳奈が、『図南の翼』の主人公、恭国の王珠晶として出演していて、なんというか奇妙なタイミングの巡り合わせであった。珠晶は『図南の翼』を読んでいるか否かでこの『風の万里 黎明の空』での印象がかなり変わるキャラという認識を持っていたのだが(わたくしは刊行順を前後して『図南の翼』を先に読んでいた)、このアニメ版の珠晶は傲岸な態度のなかにも独特のチャーミングさを漂わせていて、それがキャラクターの印象をよくしていると感じました。


