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あきらめるから、前に進める―『時をかける少女』感想

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  昨日、東京国立博物館細田守監督『時をかける少女』を観てきました。

東京国立博物館「博物館で野外シネマ」で『時をかける少女』を観たよ - 宇宙、日本、練馬

 僕はこの細田版時かけがとっても好きなんですよ。生活に支障が出るレベルで心を揺さぶられるかもしれない、と思うと軽々しく見返せないくらい。だからこそある意味「強制的に見ざるを得ない状況」になる野外シネマの企画にも足を運んだわけです。それで、せっかくなので作品について僕の思うところを書き留めておこうと思います。

 「何か」をあきらめる物語として

 今回改めて見直して、なんで『時をかける少女』に心をこんなに揺さぶられるのか、ということを考えてみました。多分それは、主人公の紺野真琴がいろいろなこと、「何か」をあきらめること、断念することを通して未来へ一歩踏み出す物語だからだと思った。このアニメから物語を取り出すとするならば、今の僕にはそういうものが取り出せる。いや、そういうものしか取り出すことができないと言った方が適切かもしれない。

 成長することとは、何かをあきらめることと同義である。精神科医である斎藤環さんの言葉を借りるなら、可能性を断念し役割を引き受けることと言い換えてもいい。斎藤さんは、それは社会問題としてひきこもりが顕在化した一因とも関連していると可能性を指摘する。序列をつけることを忌避し「みんな平等」を至上価値とする教育システムがそうした可能性の断念=精神的な去勢という機会を奪っていることが、学校と社会との摩擦を引き起こし、いわゆる「ひきこもり」の社会問題化、という状況が生じたのではないか。そんなことを斎藤さんはかつて述べていた*1

 

どんなに万能の能力があっても、人生は思い通りにいかない

 話がそれた。時かけにおける真琴の「断念」には二つの異なるレベルがあると僕は思う。まず自分の思う通りに、快を最大限に不快を最小限に人生を送りたいという欲望。これがタイムリープと密接に関連する。時をかける力を得た真琴は自分の人生を思う通りに操縦し、刹那的な快楽をむさぼる。しかしそのことが思わぬひずみを生み、予想もしない出来事が真琴や周辺の人物に降りかかる。バタフライ・エフェクト的なそれは、真琴に人生のままならなさを教える。

 万能な能力を得た人間が、逆説的に自身の存在のちっぽけさを知ることになる構造は、先日読んだうえお久光紫色のクオリア』と似ている。もちろん真琴は『紫色のクオリア』のガクほど万能ではなけれど。

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  人生は思う通りに運ばないという自明の真理。本来ならば長い長いスパンでなんとなく経験的に自覚されるそれを、真琴にはひと夏のできごとを通して知ることになる。タイムリープというSF的なガジェットによって、それが可能になった。現に同様のテーマを描いたジャコ・ヴァン・ドルマル監督の『トト・ザ・ヒーロー』は、一人の男が一生の終わりにようやくそれを受け入れる物語だった。

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  タイムリープというギミックが物語上のテーマと密接に結びついているという点で、『時をかける少女』は本当に優れたSF作品じゃないかと思います。

 

時かけは失恋の物語である

 無限に開かれた人生の可能性。それが真琴が断念したものひとつめがそれなら、ふたつめはよりミクロな問題だ。それは恋愛を成就させること。時かけは、真琴が自身の恋愛感情に気付き、そして失恋する物語なのだ。無限に開かれた可能性のなかに、それは含まれるかもしれない。しかし無限の可能性の断念は、真琴を成熟した存在に近づけたかもしれないが、彼女に進む道を明確に与えはしなかった。失恋こそが、彼女に進みたいと思える道を教えたんじゃないか。その意味で、この次元の断念はミクロだけれども真琴にとってはより重要なことなんじゃないかと思う。

 「真琴が失恋した」と書くとなんか誤解を招きそうな気もするんですが、僕はあのラストシーンは明確に真琴の失恋シーンだと思います。なぜかって、それは真琴が千昭から好意を伝えられることを期待していたシーンで、明確にそれが裏切られるから。何度も何度も千昭の告白を「なかったことにした」当然の帰結として、失恋という結果が待っていた。

 最後の千昭との別れのシーンで、真琴は間違いなく彼から好意を伝えられることを期待していたと思うんですよ。そりゃ、「なかったことにした」とはいえ何度も明確に告白されて、前置きに「ずっと実は言おうと思ってたことがあるんだけどさ」なんて言われたら、期待するのも無理はない。しかし千昭の口から放たれたのは、「飛び出してケガとかすんなよ」、というたわいもない心配の言葉。千昭君も、この後今生の別れをするのをわかってるわけだし、まあ「好きだ」とは言えんわな。しかし間違いなく真琴の期待の地平は裏切られた。あからさまにがっかりしたような声色を返し、そのあと号泣するというアクションは間違いなくそれを伝えている。

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 そのあと、去ったかに見えた千昭がつかの間戻ってきた際に「未来で待ってる」「すぐ行く、走っていく」と本当の最後の別れを交わすわけですけど、これによって真琴は「失恋した」という事実を端的に受け入れたんじゃないかと思う。恋愛を断念し、それを別の方向へと進む糧にした。真琴が決めた進路を「秘密」にしているわけだが、未来のために何かをしようという強い意志は確かにあるはず。千昭の未来人という属性が、単なる失恋に過剰な意味を与え、それが真琴に何事かを与えた。ここでも細田版『時をかける少女』は『時をかける少女』たる必然性があった。

 

 あきらめることを、肯定的に、前向きに描いている。人生で何度も何度も経験するのに、しかしネガティブなコノテーションを不可避的に持つ「あきらめる」という行為の意味を、反転させるような力がある。僕は多分、時かけをみて「断念する」ことの意味を知ったんですよ。わかんないけど。だからこそ、『時をかける少女』は僕の心にささるんじゃねーかな。やっぱり好きです。

 

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【作品情報】

‣2006年/日本

‣監督:細田守

‣脚本:奥寺佐渡

作画監督青山浩行久保田誓石浜真史

‣出演

*1:斎藤環『社会的ひきこもり』

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