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宇宙、日本、練馬

映画やアニメ、本の感想。ネタバレが含まていることがあります。

違う仕方で未来を選べ――『攻殻機動隊 新劇場版』感想

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 『攻殻機動隊 新劇場版』をみました。『ARISE』の正統な続編にして完結編という感じで、『ARISE』シリーズを追いかけてきたのがなんだか感慨深くなるような作品だったなと。面白かったです。以下で簡単に感想を。ネタバレが含まれます。

 まったく別の草薙素子の物語

 新劇場版の前フリになっている『ARISE』は、今まで原作・アニメ化において描かれなかった、草薙素子の過去をダイレクトに描いた。border:1で陸軍の軛から解き放たれ、やがて自身の部隊となる優秀なメンバーと信頼関係を築くまでの物語が、『ARISE』では展開された。

 ここで草薙素子にはっきりとした「過去」が与えられたがゆえに、『新劇場版』は今までの原作ともアニメ版とも違う、まったく別の草薙素子の物語になっている、と感じた。それはアバンパートでその「過去」が描かれることからもわかる。『GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊』では、草薙素子の「身体」、義体が構成される様をオープニングのシークエンスで描いたが、『新劇場版』はそれと対照的に、過去、つまり「精神」が形作られる過程を描いているのかもしれない。その過去が物語全体を規定し、故に結末もこれまでの作品とは全く違った意味合いを持つ。

 『新劇場版』の草薙素子は、それまで描かれてきたものと比べてはっきりストレートで、明らかに未熟。押井守監督の『GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊』では優秀な指揮官である以上に世を倦み諦観を滲ませた人間として描かれていて、「正義」にもはやさほどの興味はなさそうだったし、神山健治監督の『攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLEX』では押井版の倦怠感はないけれども、極めて優秀であるがゆえに直截な正義感はもはや持ち合わせていない、というような人物像だったと思う。

 しかし『ARISE』の草薙素子は、きわめてストレートな正義感でもって犯罪を捜査し解決しようとしているように思える。この点が大きな差異だと思う。また一方で『新劇場版』ではその未熟さも強調される。「お前たちはパーツだ」と隊員たちに冷たく言い放ち、トグサに反感を買う。そしてそのパーツ呼ばわりが一種の発破であることも、イシカワなどには見抜かれていて、その不器用さを生暖かく見守られたりする。圧倒的なカリスマで部隊をひっぱる隊長というよりは、隊員たちが思わず助けてやりたくなるような隊長、とでも言おうか。こういう意味での未熟さは結構新鮮で、しかもその後の展開で、この未熟さが彼女を救う。新たな素子の魅力を生かして物語を駆動させる手際がすげえなあ、と思ったりしました。

 

未来を選択せよ、違う仕方で

 首相暗殺の謎を追う『新劇場版』のストーリーは、『ARISE』と同様輻輳的で、様々な人間関係・利害関係が交錯する。きわめてテンポよく展開するそれは、国家か企業か、技術革新か停滞か、というように様々な対立軸が浮かびあがってくるわけだが、最終的に落ち着くのは、現実か虚構か、という問題。それには義体というテクノロジーが大きくかかわってくる。

 草薙素子とクルツ。境遇を同じくし、そしてそれまでは同じ道を共に歩んできた二人は、『ARISE』を経て決定的に決別するに至る。新劇場版の冒頭でも、国家の下で正義をなそうとする草薙素子と、それを超えた市場原理のなかで生存をはかるクルツ、という形で決別が示唆されるわけだが、国家か企業か、という対立軸はみせかけのものに過ぎない。少なくともクルツにとっては、国家か企業かという選択はそれほど大きな意味を与えられていない。彼女にとっては、未来なき人間が如何に未来を選ぶのかということこそ決定的な問題だった。

 義体というテクノロジーは、それが最先端のテクノロジーであるがゆえに、必ずいつか時代遅れになってしまうという危険性をはらむ。そして攻殻世界でもっとも重要な技術である義体化技術の進歩は、古い技術によって義体化した人間を残酷に振り落すのに十分すぎるスピードで進んでいた。振り落された人間に訪れるのは、デッドエンド。

 古いテクノロジーによって義体化された、悲しき子どもたち。彼・彼女らは生存のためにはおそらくその時義体化せねばならなかったのだろうが、それが結局は未来を閉ざすことになる。幸か不幸か偶然にも素子はそれを逃れることができたわけだが、クルツはそうでなかった。現実で未来を閉ざされた彼女は、それでも未来を拓こうとした。「第三世界」と彼女が呼ぶ、電脳の海のなかに。

 その意味でクルツは、これまで描かれてきた草薙素子、というか『GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊』における現実に倦んだ草薙素子の写し絵といえるかもしれない。理由は異なるけれども、どちらも現実世界の可能性に諦念を抱いているという意味では。だから、草薙素子がクルツを否定するとき、それは単に相対する敵を否定するというだけでなく、過去に描かれてきた草薙素子をも乗り越えるということを示唆するんじゃなかろうか。

  虚構の可能性に賭けたクルツを否定して草薙素子が選ぶのは、あくまでも現実世界。現実世界でそれでも戦うことを選んだ草薙素子の物語の続きが、僕はみたいなと思いました。

 

 関連

 公開前夜に行われたトークショーの文字起こし。

amberfeb.hatenablog.com

 

GISの感想。

〈虚構〉に溶けていく「私」―『GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊』感想 - 宇宙、日本、練馬

 

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【作品情報】

‣2015年/日本

‣総監督:黄瀬和哉

‣脚本:冲方丁

‣監督:野村和也

作画監督:大久保徹

‣出演

 

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