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宇宙、日本、練馬

映画やアニメ、本の感想。ネタバレが含まていることがあります。

虚無/信頼――冲方丁『マルドゥック・ヴェロシティ』感想

マルドゥック・ヴェロシティ1 新装版

 冲方丁マルドゥック・ヴェロシティ』を読みました。『マルドゥック・アノニマス』はこれで文庫を追っていけそうな感じがして非常に楽しみです。以下で適当に感想を。

 身体に流れ込む戦争

 かつての相棒から放たれた弾丸によって最期を迎えた男=徘徊者/錆びた銃=ディムズデイル=ボイルド。彼の命が尽きようとするその刹那/脳裏に去来するその旅路/辿り着いた先=虚無。

 『マルドゥック・スクランブル』において、卵の殻を破らんとする少女ルーン=バロットと、彼女の相棒である金色の鼠にして万能道具存在、ウフコック=ペンティーノの前に立ちはだかった最強の敵。ほとんどの場面においておおよそ人間性を感じさせない、殺戮マシーンとして立ち現れた男にして、ウフコックを濫用したことで袂を分かったとされるかつての相棒を主人公に据えた『マルドゥック・ヴェロシティ』は、男と鼠の信頼が崩れ去る物語であり、男が虚無へとたどり着く旅路を描く物語であることは必至。

 そのような絶望と破滅の物語は表面上は乾いた、しかしそのうちには途方もない熱量を秘めてもいる語り口によって提示されていく。文字列の断片を記号によって接続していく、独特の文体=「クランチ文体」は、眠りを剥奪され、感情も次第に希薄化しているサイボーグの内面を写し取ることに強烈な効果をあげている、と感じる。人間としての機能を剥奪され、戦闘機械へと造り替えられた男の語りは、もはや尋常な文体では表すことなどできないのだろう、と読み終えた今は確信する。ボイルドの物語はこの語りと不可分なのだと。

 そのように、身体を造り替えることで個人の内面すら造り替えてしまったものが、戦争にほかならない。戦争によってその身体を傷つけられ破壊され、その欠損を埋めるため戦争に最適化された身体を与えられたものたち。戦争の終結は、戦争に過剰適応した彼らの本来の居場所を奪う。そうして彼らは「有用性の証明」のため、戦争によって肥え太り巨大化した都市での戦いに身を投じることになる。

 その意味で、『マルドゥック・ヴェロシティ』はまさしく「戦後」の物語なのだ。戦争が終結し、平安が訪れたとしても、そのなかでなお「戦争の影」を引きずって生きなければならない者たち。証人の命を保全するマルドゥック・スクランブル‐09メンバーも、拷問・暗殺・誘拐・脅迫のプロフェッショナル、カトル・カールも、戦争が生み出した異形のものたちという点では同根。

 新装版の解説では山田風太郎甲賀忍法帖』に連なる異能バトルの系譜、として『マルドゥック・ヴェロシティ』は位置づけられていたけれど、ある意味では『甲賀忍法帖』も戦国が終わってまさに太平の世を迎えんとする時代を舞台にした「戦後」の物語ともいえるわけで、そういう文脈でも『甲賀忍法帖』の血に連なっているよな、なんて思ったりも。

 

辿り着いた場所=虚無

 そうした「戦争の影」を引きずって生きる者たちの血みどろの戦いの物語は、ある意味では都市を支配する血族の意志によって支配されてもいて、というような陰謀論めいた展開をみせるのだけれども、さらにそれを上回る都市を覆う存在の影が、ディムズデイル=ボイルドからウフコック=良心を切り離すことになる。

 シザース。脳改造によって人格を共有した、都市に根を張る、もしかしたら都市そのものとでもいえるような者たちのむれ。「総和の無」を目指す一群との闘争が、おそらく『アノニマス』で前景化してくるのではないかと思うのですが、戦争によって形をなした都市の物語に、虚無そのもののような存在者たちと、どのように戦うのか、それを読むのがいまから楽しみです。

  『マルドゥック・スクランブル』を読んだ時に、「忘れる男と忘れない女」の物語だ、というような感想を書いた(そんなことを書いていたことはすっかり忘れてたのですが...)。それは一面ではあり得る解釈だと思うのだけれど、『マルドゥック・ヴェロシティ』を読んだいま、そう単純にはわりきれないよなあと思ったりもするわけです。

 ボイルドは、眠ることを忘れさせられ、次第に感情も忘れていった。そして最後には自身の良心すら忘却する道を選んだ。選ばざるをえなかった。そして男は虚無へと至ったわけだけれども、それは同時に、あらゆることを忘れながらも、未来に希望を託すということだけは、忘れることができなかったんじゃなかろうかとも思う。巨大な力の前に行く手を阻まれた男は、それでも自身の尊厳と、相棒の信頼を捨ててまで、かすかな、しかしきっと訪れるであろう可能性に希望を託す。

「きっと、必ず現れるだろう」

 そのことだけを忘却できなかったこと、それは虚無のなかに落ちようとも信じていたいと思った、そのような信頼の物語として、『マルドゥック・ヴェロシティ』は語られている、ということなのではないか、なんて思ったりしたのでした。

 

 

マルドゥック・フラグメンツ (ハヤカワ文庫 JA ウ 1-11)

マルドゥック・フラグメンツ (ハヤカワ文庫 JA ウ 1-11)

 

 

  『アノニマス』でウフコックがボイルドの娘と相対さなければならないとしたら、金色の鼠の運命の過酷さたるや。しかし読むのは楽しみです。

 

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