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映画やアニメ、本の感想。ネタバレが含まていることがあります。

何処にもない夏の風景――『打ち上げ花火、下から見るか? 横から見るか?』感想

打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか? [DVD]

 Huluで『打ち上げ花火、下から見るか? 横から見るか?』をみました。アニメ版に向けての予習みたいな心持だったんですが、いやめちゃくちゃよかったです。以下感想。

  夏休み。登校日。花火大会。いつもと変わらない友人たち。なにかいつもと少し違う雰囲気を纏う彼女。彼女に何が起きたのか、彼は知らない。それを知るかもしれなかった可能性の世界に、「もし」あのときに別の出来事が起こっていたのならば生起したかもしれない世界に、彼は導かれる。

 小学校高学年の少年少女のあいだに起こった、ほんの些末な、しかし同時に極めて劇的でもある出来事をエモーショナルに描く。テンポよく忙しくカットを割っていく序盤の展開が、元気の有り余る小学生から眺められる世界の感覚を疑似体験するような感触。そのなかで、少年が少女に抱く感情を幼さを感じさせる視線の動きをカメラに収めることによってこちらに伝える語り口は、自然でいやらしさを感じない。かつて私たちもそうだったような「普通の小学生」の日常世界が――それは単なる幻想かもしれないのだが――カメラによって切り取られる。

 海辺の、それほど栄えてはいない街の風景、同性の友人とのなんてことのない会話、どうでもいいことに夢中になれる時間、やたらと長く感じる道のり、そして、気恥ずかしさから無碍にしてしまった大事な約束。そうした画とシチュエーションがこちらの記憶のなかの風景を喚起し、自身が体験した夏と作品世界とが溶け合う。そうしたありふれた夏の風景。そんな記憶など実在しないかもしれないが、そうしたものを自身が体験してきたかのように錯覚させる力が、このフィルムにはある。

 そうしたありふれた風景から、少年を、あるいは私たちを連れ出すのが奥菜恵演じるなずなであり、彼女の魅力によって生じる重力が日常世界を虚構の世界へと変容させる。彼女の企図する「かけおち」と、男子4人の打ち上げ花火をめぐる旅が同時並行する構成が、この日常世界と虚構世界とが溶け合う独特の作品世界を象徴しているように感じられる。

 なずなによって導かれた世界は、あまりに美しすぎるし感傷的すぎるのだが、一方で男子4人組の冒険のぐだぐだした感じは極めて泥臭い感触。すっぱり切れているようにも感じられるその二つの世界、虚構世界のランデブーと日常世界のささやかな冒険とが、花火を媒介にして接続されて物語の幕は閉じるわけだが、そこにはもうなずなの姿はない。夜のプールで彼女から焦点がずれて最早画面から消え去ったとき、彼女は作品世界から退場し、だからこそ少年の途が4人のそれと再び出会えたのかもしれず、そうしてありえたかもしれないが同時にありえなかった夏の風景は、記憶の彼方へと運び去られるのだろう。少年の思い出が、映像を通して私たちにも刻印される、そのような記憶をめぐる魔術的な魅力が、『打ち上げ花火、下から見るか? 横から見るか?』にはあった。

 

 というわけでアニメ版も大変楽しみにしております。

 

 

 

 

 僕がこの作品を知ったのってドラマ版『モテキ』の劇中で登場人物が舞台巡りをしてたからなんですが、その大根仁氏がアニメ版の脚本とはまたなんというか、めぐりあわせですね。

モテキ<Blu-ray BOX(5枚組)>

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  アニメ版がどこらへんで差異化してくるのかなあと考えたとき、主要人物が小学生から中学生に変更になってるのがどう転ぶのかなあと。それと、『スラムダンク』や『スト2』・マリオが共通言語になってたりする濃厚な90年代の空気感とかはやっぱりオミットされるのだろうな、という気もする。

 

 

 岩井俊二監督作品って『花とアリス』・『花とアリス殺人事件』しかみてないんですが、ほかの作品もみてみようかなという気持ちです。

【作品情報】

‣1993年

‣監督:岩井俊二

‣脚本:岩井俊二

‣出演