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手渡された涙――『DEVILMAN crybaby』感想

DEVILMAN crybaby Original Soundtrack

 Netflixで『DEVILMAN crybaby』をみました。全人類はみてください。以下感想。

  人の世に紛れ、人の世を脅かす存在、悪魔。その力を身に宿し、悪魔と戦う運命を背負うことになった少年、不動明。人でも悪魔でもない、デビルマンとして戦う彼を、過酷な運命が待ち受ける。

 永井豪による『デビルマン』を、湯浅政明監督が映像化。テレビ放映ではなくネット配信という形態が選ばれたことによって、おそらくテレビアニメではありえなかったであろう、グロテスクな描写に満ち満ちる。とはいえ、エログロ方面の描写が魅力の大半を占めるかといえばまったくそうではなく、湯浅監督作品にいままでみられたような、躍動するキャラクターと色遣いこそがアニメーションの魅力を担保している。エログロ描写は、序盤こそ新奇で刺激的だったが、その刺激に慣れてさえしまえば、全体の印象としては官能的な感触に欠き、むしろドライな手触りがあったように思う。とはいえ、印象に残る場面はいくつもあるのだけれど。

 グロテスクな描写のショッキングさを担保するのは、おそらくキャラクターそのものの魅力で、魅力的なキャラクターがあればこそ、キャラクターを自立した人間として立ち現す物語があればこそ、グロテスクな描写は最大の効果を発揮する。その点、『DEVILMAN crybaby』はおぞましいまでにヒロインの牧村美樹を魅力的に描く。彼女の辿る運命を、原作によって、私たちは知っている。知っていてなお、彼女の運命に怒り涙する不動明に共振させてしまう、その強度がキャラクターに宿っていた。

 

 『デビルマン』という超有名な原作を、長い時を経て語りなおすにあたって、無論現代的な意匠が作中にちりばめられ、21世紀のアニメーションにアップトゥデイトされている。現代的な意匠とはすなわち、SNSなどのインターネットにまつわるインフラであったり、ヒップホップなどのポップカルチャーだったりするわけだが、同時に、原作においてもみられた、憎悪にかられる人間たちの姿は、憎悪と分断とが強烈な存在感をもついま・ここの似姿であるように思われ、その意味でも、いま・ここと強烈に共振しているようにも思われる。

 そして、そのような世界を創造し、語られた物語は、そうした憎悪と分断を直接的に乗り越えてしまう、そんな楽観的な物語は無論なく、微かな希望、それだけがある、そうした物語だった。その微かな希望を見出すために、この『crybaby』において導入されたモチーフが、泣くこと、そして走ることだった。

 不動明牧村美樹を陸上部に在籍させ、作中で彼らが走る姿は何度も何度も反復される。湯浅政明監督は昨年公開された『夜は短し歩けよ乙女』でも、ヒロインである黒髪の乙女を、弛まずに歩き、時には走る、そうして世界を変えてゆく存在として描き出した。不動明牧村美樹の運動のなかに、彼女の影を見出すこともできようが、しかし、彼らの走りはそれ自体で何かを変え得るようなものでもない。しかし彼らの走りは、それが誰かに手渡されることによって、何かを変えるかもしれない希望だけを、未来につなぐのである。

 走り、手渡すという運動は、リレーという競技に仮託され、作中でも大きな意味をもつのだが、不動明飛鳥了にバトンを手渡すことはできない。走るという運動の埒外に置かれているようにも思える飛鳥了は、バトンを受け取り損ねるしかない。少なくとも不動明が生きているうちには。彼の命が燃え尽きたとき、そのことによってはじめて、不動明が何かを手渡したことを、私たちは知ることになる。不動明は確実に、その涙を飛鳥了へと手渡したのだ。

 しかしその涙もまた、一瞬の煌めきのごとく歴史のなかに消えゆき、再び新たな世界が開闢する。そこで、受け渡された涙そのものの意味は消え去っている。しかし、その受け渡しというモーメント、その動きのなかにこそ、私たちが信を託すに値する何事かが宿るのである。アニメーションという動きのなかに、まさにそれが宿っているように。

   私たちはいつか必ず死ぬ。物語はいつか必ず終わる。そしておそらく、歴史は、世界はいつか終わる。究極的にはそこに残るものなどない。しかしそれでも、そのなかでなされる営為には、何事かが宿っているはずなのだ。黙示録的な世界の終わりに辿り着くこの物語が語られなければならなかったのは、そのような仕方でしか物語れない希望が、運動のなかにあることを証明するためなのだと、思う。

 

 

  湯浅監督はかつて『四畳半神話大系』において、「私」の選択がいかなる帰結を導こうとも、そのすべてを肯定する、そのことによる救済を語った。『DEVILMAN crybaby』においてそれはさらに先鋭化し、たとえ世界が終わりすべてが消え去ろうとも、私たちの生を肯定してみせた、と思う。四畳半の極北で、不動明たちは走る、そして手渡す運命を与えられたのだ。

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DEVILMAN crybaby Original Soundtrack

DEVILMAN crybaby Original Soundtrack

 
MAN HUMAN / 今夜だけ

MAN HUMAN / 今夜だけ

 

 

【作品情報】

‣2018年

‣監督: 湯浅政明

‣原作:永井豪

‣脚本:大河内一楼

‣キャラクターデザイン:倉島亜由美

‣デビルデザイン:押山清高

‣音楽:牛尾憲輔

‣アニメーション制作: サイエンスSARU

‣出演