宇宙、日本、練馬

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「伝説」のふたつの貌―『アメリカン・スナイパー』感想

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 昨日『花とアリス殺人事件』を見終えた後についチケットを購入してしまって、『アメリカン・スナイパー』もみました。最近なんだか映画館から足が遠のいているので、この機会に観ておかないと見逃すかも、と思って無理して観たようなところがあったんですが、結果的には劇場で見れてよかったなと。以下で簡単に感想を。

 身体の芯まで響く銃声

 なぜ劇場でみれてよかったのかと感じたかって、それはやっぱり音響に尽きる。緊張感の漂う静寂の中で狙撃手の銃から放たれる一発一発の銃弾。その音の重みを感じる音響演出がすんばらしかった。銃声の一つ一つに確かに命を奪う重さを感じたというか。

 音響に関する演出が効いているのはもちろん銃声だけではなくて、イラクという戦場の音という音が印象に残る。「虐殺者」のドリルの凄惨な音なんかは特に。その音の感覚が、主人公クリス・カイルの心をアメリカの日常から戦場に引き戻すという大きな役割を背負っている以上、音響をずっしり体感できる劇場で観てこその映画だという気がしました。

 

「伝説」のふたつの貌

 『アメリカン・スナイパー』を他の戦争を題材にした映画と比較したときの際立った特徴って、戦場での戦闘と同じくらい国内での日常生活の描写がなされる点だと思うんですよね。クリス・カイルは、戦場と家庭を何度も何度も往復する。イラクではシールズの伝説的な狙撃手として、アメリカでは夫・父として、それぞれに役割を果たさなければならない。

 しかしもちろん、その切り替えは十分には上手くいかない。アメリカにあっても、イラクの「蛮人たち」への敵意は増すばかりであって、心は戦場にある。一人の人間がそう簡単にふたつの貌をすっぱりと使い分けられるわけではない。日常の経験は戦場の経験と容易に接続され、彼の心を容易に殺人する戦士へと引き戻す。日常と戦場の連続性は、彼の軍での最初の狙撃シーンから、幼いころの鹿撃ちへとつなぐカットにおいて表現されているという気もする。ふたつの貌は、そもそも明確に繋がってもいる。

 その「伝説」=クリス・カイル同様に、『アメリカン・スナイパー』という映画自体もふたつの貌をもっているように思われる。『ハート・ロッカー』がそうであったように、保守層にもリベラル層にも受け入れられる、ふたつの側面があるという意味で。保守層には身を削って国に尽くした愛国者の物語として、リベラルには戦争の非人道性を描いた反戦映画として、それぞれ受け取ることが可能な作りになっているように感じた。

 

 とはいっても、実話の制約ゆえか、それほど突き刺さるものがあるほどの突き抜けたものがあるようには思えなかったというのも正直なところで。『ゼロ・ダーク・サーティ』なんかと同様の感触があるというか。やっぱり同時代の人物、それもすでに命を落としている人物を描いている以上、その名誉を傷つけることはできないのが人情というか当然である、というのは理解できるんですが、それが制約になっているように強く感じたわけです。

 妙にすがすがしいラスト『は、ハート・ロッカー』で感じた、どうしようもないほどの倦怠感とは埋めがたい隔たりがあるし、人間が戦場に適応するために戦闘マシーンへと生まれ変わらざるを得ない悲劇性は、『フルメタル・ジャケット』のそれには遠く及ばない。『フルメタル・ジャケット』で描かれる悲劇は、或る意味で彼らが本当には名前をもたずバックボーンをもたない一個人であるがゆえに描き得たのかなーとか思ったりもして。一人の実在する一個人=クリス・カイルを通して人間の変貌を描こうとしても、どうしても殺人マシーンに変わりきらない残余が残ってしまって、その悲劇性をほんとうには描けないという気がする。映画の中で描かれるクリス・カイルの人生の印象だと、彼が軍隊という場所に流れ着くのはある意味で必然に思えるし、そこで(殺人という手段を通してでも)自己実現がなされたのはどちらかといえば幸福でさえあるんじゃないかとか、不謹慎だとはわかっていても思ってしまう。カウボーイとしてその日暮を続けるよりは。

 そんなことを思ったりもしたんですが、劇場で見れてよかったなと思います。『フルメタル・ジャケット』見直したさが高まっているので、見直したら感想とか書いときたいですね、はい。

 

関連

『ゼロ・ダーク・サーティ』 と『キングダム/見えざる敵』 復讐の先にあるものは - 宇宙、日本、練馬

 

【作品情報】

‣2015年/アメリカ

‣監督:クリント・イーストウッド

‣脚本:ジェイソン・ホール

‣出演

  • クリス・カイル - ブラッドリー・クーパー
  • タヤ・カイル - シエナ・ミラー
  • コルトン・カイル - マックス・チャールズ
  • マーク・リー - ルーク・グライムス
  • ゴート=ウィンストン - カイル・ガルナー
  • マーテンス提督 - サム・ジェーガー
  • ライアン・“ビグルス”・ジョブ - ジェイク・マクドーマン
  • “D”/ダンドリッジ - コリー・ハードリクト
  • アル=オボーディ師 - ナヴィド・ネガーバン
  • スニードDIA捜査官 - エリック・クローズ
  • スクワール - エリック・ラディーン
  • トニー - レイ・ガイエゴス
  • ドーバー - ケヴィン・レイスズ
  • ギレスピー海軍大佐 - ブライアン・ハリセイ
  • ウェイン・カイル - ベン・リー
  • デビー・カイル - エリース・ロバートソン
  • ジェフ・カイル - キーア・オドネル
  • サラ - マーネット・パターソン
  • ロール教官 - レオナルド・ロバーツ
  • ムスタファ - サミー・シーク
  • 虐殺者 - ミド・ハマダ

 

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