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喪失という祝福――『星を追う子ども』感想

劇場アニメーション『星を追う子ども』 [DVD]

  『君の名は。』の凄まじさにあてられ、新海誠監督作品で唯一未見の『星を追う子ども』をみました。あんまり好意的に言及されている印象がなかったので躊躇していたのですが、Twitter上で複数の方に背中を押していただきました。以下感想。

  たぶん今よりちょっと昔。幼いころに父を亡くし母と二人で暮らす少女、渡瀬明日菜は、山のなかにある自分だけの秘密の場所で、鉱石から流れ出てくる音を聴く時間が好きだった。いつものようにそこに向かっていた彼女の前に、異形の怪物が突如現れる。明らかにこの世のものとは思われないそれがまさに彼女に襲い掛かろうとするとき、一人の少年が彼女を救う。その出会いから、彼女は地下にあるという彼岸――「アガルタ」をめぐる冒険へと誘われる。

 『ほしのこえ』以来のモノローグを多用した演出を捨て去り、少女の生きて帰りし物語という冒険活劇的、あるいは神話的なフォーマットに則って物語は語られる。この作品の舞台となる世界は、私たちがよく知るものと非常に似た手触りがある。ボーイミーツガール的なイントロ、異世界への旅、おどろおどろしさを感じるクリーチャーデザイン…などなど、『天空の城ラピュタ』・『千と千尋の神隠し』・『もののけ姫』など、宮崎駿フィルモグラフィーからの引用によって編まれている、そういう印象を受ける。あえていうなら「ジブリ」的なものを武器に、冒険活劇的な神話を語ろうとしたのが『星を追う子ども』の試みとでもいえるのではなかろうか。そのジブリ的なる武器は、世界各地の神話・伝説のコラージュするなどの工夫によって、あるいは強力な背景美術によって、単なる模倣の域をでて、この作品独自の空気感みたいなものを創り上げていて、その点においてはこの映画は一定の成功を収めている、と思う。

 そうした武器を手に語れらる神話のなかで問題となるのは、新海誠監督がこれまでも取り上げてきた、「距離」の問題である。『ほしのこえ』から『秒速5センチメートル』以来、私小説的な形式で語ろうとしてきた「距離の問題」を、今度は神話を通して語りなおす、そういう作品であると思う。『星を追う子ども』の世界で問題となるのは、あの世とこの世、彼岸と此岸とのあいだの距離。作中で何度も言及される、『古事記』におけるイザナギの旅を、この映画は反復する。イザナギの役目を担わされるのは、明日菜の教師として彼女の世界に侵入した、「アガルタ」の秘密を探る組織の一員である森崎竜司。組織の意図を離れ、ただ妻を蘇らせることを至上の目的とする彼と明日菜が、此岸と彼岸をめぐる道行を共にするわけだけれど、教師‐生徒の関係と重なる形で擬似的な親子関係を結んでいくのはこれまでの新海作品のなかでも異色な感じ。

 その旅路、彼岸に旅立ったものを恢復しようとする試みは、神話においてもそうであったように達せられることはない。死んだ者は生き返らないという厳然とした事実がここで確認され、かくして神話は反復される。その反復に、彼女と彼との旅路この作品はどのような意味を与えるのかといえば、作中の言葉をかりるなら「さよならを知る」こと、つまり喪失を受け入れ、生きてゆくことの肯定である。喪失の運命は「呪い」であると同時に「祝福」でもあることを確認し、かくして神話は幕を閉じる。

 新海誠フィルモグラフィーには、喪失の予感が満ちている。その予感はこの作品の異世界に、あるいは作品のなかで生きる人間すべてに充溢している。現実世界によって収奪に晒されてきた異世界はもはやたそがれ時を生きており、また「人は必ずいなくなる」のだと、明示的に語らせる。だからこそ、その喪失の予感が現実のものとなり、何かが消え去ったとしても、私たちは生きてゆかねばならなくて、それはたぶん、『秒速5センチメートル』において魂が最後に到達する地点でもある。その意味で、『星を追う子ども』は『秒速5センチメートル』を冒険活劇あるいは神話的な形で語りなおしたもの、といえるのではないか。

 その語りなおしは、神話的な形で成されたがゆえに、どうしても、その神話の外に私たちは出られないのではないか、そういう感覚を喚起してしまうのではないか。喪失を肯定するこの物語は、反復されてきた神話に、何かを付け加えるような、そういう物語ではないのではないか、という感覚が残り、その感覚がなんとなくカタルシスを奪ってるのでは、そんなことを思ったりもしました。

 

 その意味では、「喪失の予感」を提示しつつ、そうした予感が成就してなお、輝く何かを提示してみせた『君の名は。』はまさしく新海誠の新境地、といいうるんじゃないか、と思うわけです。はい。

 


  なんというか、『星を追う子ども』をみることで『秒速5センチメートル』の輪郭はよりはっきりした、という印象ももちました。なんとなく。


 

 

 

劇場アニメーション 星を追う子ども Original SoundTrack

劇場アニメーション 星を追う子ども Original SoundTrack

 

 

【作品情報】

‣2011年

‣監督:新海誠

‣脚本:新海誠

‣キャラクターデザイン: 西村貴世

作画監督: 西村貴世

‣音楽:天門

‣制作: コミックス・ウェーブ・フィルム

‣出演