おれの最高の夏はまだ死んじゃいない!
先月のはこちら。
印象に残った本
特に印象に残ったのは中野孝次『苦い夏』。Twitter上でお薦めしていただいたんですがこれはマジでおれを殺すために送り込まれた刺客なのでは?とまで思いました。階層移動と地理的な移動にともなって生じる葛藤に苛まれる自意識とそれをめぐる周囲の反応とが克明に記されているという気がし、主人公の不安定な状況あるいは精神に同化して精神が大変やばいことになった。
それと舞城王太郎をちまちま読んでたりもしたのですが、なんというか勇気みたいなものが心身に充填される感覚がありやはり好きです。
読んだ本のまとめ
2016年8月の読書メーター
読んだ本の数:20冊
読んだページ数:5842ページ
ナイス数:122ナイス
http://bookmeter.com/u/418251/matome?invite_id=418251
■野獣系でいこう!! (朝日文庫)
90年代後半に宮台が行った対談を所収。援交女子高生から教育論、郊外論など話題の範囲が広範なのだが、ほとんどの対談で(編集の効果かもしれないが)宮台がイニシアチブを握っているように思える。そうした引き出しの多さとあらゆる話題にいっちょかみできる感じがいかにも「朝生」映えしそうだなーと感じられた。教育論の話題なんかは、現在すこぶる評判の悪いゆとり教育がある種の理想として語られていて逆に新鮮だった。
読了日:8月1日 著者:宮台真司
http://bookmeter.com/cmt/58038286
シェイクスピアの生涯を辿ったのち、その作品の特色を論じ、最終的にはその背景にある哲学を剔出する。シェイクスピアの演劇は時間・空間的に大きく飛躍して展開されることが多く、その点では西洋演劇よりもむしろ狂言などと親近性がある、という指摘はなるほどなーと。それとシェイクスピアの台詞回しは異様に凝った韻文で展開されるがゆえに、感覚的に捉えるのがいい、みたいな話もあって、やっぱり観劇に行かなきゃその魅力はわからんのかなーとも。
読了日:8月2日 著者:河合祥一郎
http://bookmeter.com/cmt/58060190
ここでいう「おたく」とは、何物かを集めることに情熱を燃やす「コレクター」と同義。本書はそのコレクターの営為を集めたコレクター列伝ともいうべき趣があり、日本近代におけるコレクターたちを取り上げて、その情熱と生き様とを記す。凶悪犯罪によっていわゆる「おたく」的なるものへの嫌悪が広まった時期に書かれたので、犯罪者と「よきコレクター」とを線引きするような語り口が所々あらわれているという気がして、それはちょっとどうなのかなーとは思ったのだけれど面白く読んだ。
読了日:8月2日 著者:長山靖生
http://bookmeter.com/cmt/58061649
■アックスマンのジャズ (ハヤカワ・ポケット・ミステリ)
1919年のニューオリンズ。ジャズ黎明期のただなかにある街で、斧を浴びせて頭をかち割る連続殺人鬼「アックスマン」を、黒人を妻に持つ刑事、マフィアと内通していたことで刑務所に入っていた元刑事、探偵小説に感化された少女が三者三様の仕方で追いかける。猟奇殺人鬼そのものというよりは、その事件を追いかけるなかで次第に明らかになっていく街の暗部をめぐる物語で、雨の降りしきる暗い雰囲気が作品全体を覆っているという印象。
『セブン』×『ゾディアック』みたいな感じですね、なんとなく。
読了日:8月5日 著者:レイ・セレスティン
http://bookmeter.com/cmt/58113521
ヒトラーのオリンピックに挑め(上)若者たちがボートに託した夢 (ハヤカワ・ノンフィクション文庫)
- 作者: ダニエル・ジェイムズ・ブラウン,森内薫
- 出版社/メーカー: 早川書房
- 発売日: 2016/07/07
- メディア: 文庫
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■ヒトラーのオリンピックに挑め(上)若者たちがボートに託した夢 (ハヤカワ・ノンフィクション文庫)
1930年代のシアトル。大恐慌によって人々が大きな傷を負った苦しい時代のなかで、ボート競技でオリンピックを目指した若者たちを描いたノンフィクション。家族に捨てられた苦学生を主人公に、ボート競技のなんたるかを解説しながら進む物語は上巻ではまだ道半ば。これからオリンピック出場に向けてチームが何かを掴む展開になるんだろうなーと。個人に着目しつつ時代の空気みたいなものがほの見えてくる語り口が魅力的な本だと感じた。
読了日:8月7日 著者:ダニエル・ジェイムズ・ブラウン
http://bookmeter.com/cmt/58164194
ヒトラーのオリンピックに挑め(下)若者たちがボートに託した夢 (ハヤカワ・ノンフィクション文庫)
- 作者: ダニエル・ジェイムズ・ブラウン,森内薫
- 出版社/メーカー: 早川書房
- 発売日: 2016/07/07
- メディア: 文庫
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■ヒトラーのオリンピックに挑め(下)若者たちがボートに託した夢 (ハヤカワ・ノンフィクション文庫)
ついにアメリカ代表に選ばれたワシントン大学チームは、ヒトラー政権下のドイツに乗り込む。大一番での逆転劇を繰り返して頂点に立つ彼らの物語は、あまりにも出来過ぎじゃないかと思ったりもするけど、非常に面白く読んだ。伝統ある東部とまだ文化的に洗練されていない西部、という対比が重要な背景になっているという気がし、アメリカの人々にとっては田舎の人間が栄光を掴むサクセスストーリーとして読まれるのかなーという印象。
読了日:8月7日 著者:ダニエル・ジェイムズ・ブラウン,森内薫
http://bookmeter.com/cmt/58169089
ヴェネツィアを舞台に展開した美術の歴史を辿る。社会の変遷と美術は不可分である、という視点から、ヴェネツィアという都市の位置付けの変化をさらって、黎明期からルネサンスにおける開花、そしてその後の衰微まで各時代の代表的な芸術家や作品を取り上げて論じている。カラー図版が多くてよい感じ。
読了日:8月8日 著者:宮下規久朗
http://bookmeter.com/cmt/58185566
■殺戮にいたる病 (講談社文庫)
猟奇殺人鬼と彼と同居しているらしい母親、それを追う元刑事の三者の視点が交錯し、衝撃の真相へとたどり着く。
いやー最後の最後までそういうことだって気付かなかったんで大変びっくりしたんですが、僕はあんまり叙述トリックとか好きではないのかもという感覚も同時にありました。ただ登場人物の認知のゆがみを巧妙に利用していて衝撃的であると同時につじつまもあうのですごい。フロイトなんかの知見が人間を解釈する枠組みとして前景化しているのは「心理学化する社会」©️斎藤環のミステリだなという感じで、バブル期の空気感みたいなものを強く写しとってるのかなーと。
読了日:8月9日 著者:我孫子武丸
http://bookmeter.com/cmt/58202376
■世界は密室でできている。 (講談社文庫)
行く先々で巻き起こる密室殺人事件を解決し密室を解体していく物語は、19歳の呪いという密室から抜け出るところで一区切りつくのだけれど、それでもなお四コマ漫画的と比喩される人生という密室のなかに私たちはいるのかもしれないのだし、つまり密室殺人とは生きて死ぬ私たちの生のメタファーなのかもしれないわけで、その意味で世界は密室でできている、ということはまさしく世界の一側面を切り取っていると思うのだけれど、それでも未完の密室殺人に寒いオチをつけないためにやっていかなきゃならねえんだって、そういう話だった気がする。
読了日:8月9日 著者:舞城王太郎
http://bookmeter.com/cmt/58211259
- 作者: ジャック・ロンドン,新井敏記,柴田元幸
- 出版社/メーカー: スイッチ・パブリッシング
- 発売日: 2008/10/02
- メディア: 単行本
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極限状況におけるサバイバルからボクシング、SFチックなお話まで様々な毛色の短編9編を所収。とりわけ印象に残ったのは、絶体絶命の窮地に立たされた人間の孤独な闘いを描く冒頭の「火を熾す」とラストの「生への執着」。自分の身体を思うままに動かすことがだんだんとままならなくなっていくこと、それがつまり死に近づくことなのだというのを切々と書きつらねるテクストに息をするのも忘れた。対照的なラストではあるけれど、それを分けたのは人間の意志や行動ではなくてあくまで偶然に過ぎないのだろうな、という感覚が残った。
読了日:8月12日 著者:ジャック・ロンドン
http://bookmeter.com/cmt/58271744
オリエント世界はなぜ崩壊したか: 異形化する「イスラム」と忘れられた「共存」の叡智 (新潮選書)
- 作者: 宮田律
- 出版社/メーカー: 新潮社
- 発売日: 2016/06/24
- メディア: 単行本(ソフトカバー)
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■オリエント世界はなぜ崩壊したか: 異形化する「イスラム」と忘れられた「共存」の叡智 (新潮選書)
現在、ISの台頭などで混乱状態にある中東=オリエント地域。その混迷がいかにして生じたのか、古代からのオリエント地域の歴史を辿ることで論じる。古代からの叙述にはなっているが、やはりヨーロッパ諸国の進出に晒された近現代の記述が厚い。複雑な支配・被支配の関係があるからってのはわかるんだけれど、空間的・時間的に行きつ戻りつする近現代の記述は読みにくく感じた。かつての大帝国の支配の原理であった「寛容」こそ、現在のオリエントの混迷を解決に導くのでは、という著者の示す「希望」もあまりにおざなりな感じが拭えない。
読了日:8月13日 著者:宮田律
http://bookmeter.com/cmt/58289549
■科学者と戦争 (岩波新書)
主に20世紀、戦後日本における科学者と戦争との関係性を取り上げ、科学は軍事技術の開発と関わるべきではない、と主張する。全体の記述は「科学者は軍事技術の開発に関わってはいけない」というイデオロギーに奉仕しており、はっきり言って読み進めて何か新たな知見が得られるような本ではないという印象。「べきである(あった)」という言い回しが多用され、あるべき科学者の姿(「軍学共同を通じて戦争に協力する科学者は、真の教養を学んでいない」pp.192-3)を措定しているが故に、イデオロギッシュな印象は強まっていると感じる。
読了日:8月15日 著者:池内了
http://bookmeter.com/cmt/58336238
ブギーポップ・イン・ザ・ミラー「パンドラ」 (電撃文庫 (0306))
- 作者: 上遠野浩平,緒方剛志
- 出版社/メーカー: メディアワークス
- 発売日: 1999/06
- メディア: 文庫
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■ブギーポップ・イン・ザ・ミラー「パンドラ」 (電撃文庫 (0306))
別々の仕方で断片的な未来を予知することができる少年少女6人組。偶然知った麻薬取引を阻止するための行動が、彼らを世界の危機をめぐる陰謀に引き寄せる。ブギーポップはそれほど前景化してこないが、「小さな善意が世界を救う」というモチーフは『笑わない』と共通していて、シリーズを通しての祈りみたいなものがそれに込められているんだろうなという感じ。人の死とそれへの反応が異様に軽く感じられて面食らったのだけれど、それはそれとしておもしろく読んだ。
読了日:8月16日 著者:上遠野浩平
http://bookmeter.com/cmt/58366601
ブギーポップ・オーバードライブ歪曲王 (電撃文庫 (0321))
- 作者: 上遠野浩平,緒方剛志
- 出版社/メーカー: メディアワークス
- 発売日: 1999/06
- メディア: 文庫
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■ブギーポップ・オーバードライブ歪曲王 (電撃文庫 (0321))
大富豪が最後に遺したバベルの塔を舞台に、人々は自身の「歪み」と対峙することを余儀なくされる。そのような事態を導いた歪曲王とは何者なのか?というのをフックに物語は進行していき、正体に結構びっくりしたんだよなーと10年越しの再読で思い出す。登場人物たちの「歪み」は正され、苦痛が「黄金」に多分変わっていく、そういう決着は心地よく、群像劇的な印象は『笑わない』に通じるかも。登場人物も共通してるし。それはそうと、寺月の口を借りて統和機構との対決は「二次的なものに過ぎない」と言わせてて、作品の方向性を示唆してる感。
『シン・ゴジラ』に沸くいまだからこそより読み直して楽しかったです、はい。
読了日:8月16日 著者:上遠野浩平
http://bookmeter.com/cmt/58375217
■暗闇の中で子供 (講談社ノベルス)
「ある特定の物事は、際限なくどんどん悪くなるものなのだ」。この絶望的なテーゼが支配する世界のなかで、人はどのようにして生きればいいのか。まさしく「どんどん悪くなる」出来事に巻き込まれた男。自分の力で何事とも真剣に向き合ってこなかったと自嘲するその男が、なんとか物事を解決に導こうとするのだけれど、これ以上ないほどの絶望に落ち込むことでその絶望をぶち破るラストに打ちのめされる。
読了日:8月18日 著者:舞城王太郎
http://bookmeter.com/cmt/58408056
未曾有の規模の殺人事件が発生してその暴力が伝染している世界を舞台に、父親が息子と関係性を築こうとする表題作、でっぷり太った猫と家族の物語「我が家のトトロ」、死んでも蘇る不思議な少女との出会いと別れを描く「ソマリア、サッチ・ア・スウィートハート」の三編を所収。ミステリ的な道具立ては排されなんとなく純文学っぽい雰囲気。三作ともに、密室から外へと向かう勇気のようなものが共通するモチーフとして提示されているという気がした。それが本当に意味のあることなのか?というのは宙吊りにされている気がして、それがまたよい感じ。
読了日:8月20日 著者:舞城王太郎
http://bookmeter.com/cmt/58456024
■みんな元気。 (新潮文庫)
空飛ぶ家族に妹を攫われていろんなことがあるんだかないんだかみたいな感じで、最後は初恋的なやつの終わりが示される表題作ほか二篇所収。空飛ぶ家族の家に迷い込み、三つの未来の可能性がパラレルに展開されるシークエンスのトリップ感が非常によくて、うわーこれは『ディスコ探偵水曜日』みたいな感じであるなーってなった。みんな元気。
読了日:8月21日 著者:舞城王太郎
http://bookmeter.com/cmt/58475680
■麦熟るる日に (河出文庫―BUNGEI Collection)
昭和前期を舞台にした自伝的私小説。労働者階級からインテリへの階層移動のなかで生じる葛藤が基調にあり、北関東出身の大工の父親と語り手との衝突、定まらない自らの将来への不安と焦燥など、なんというか他人事とは思えず胸がきりきりと軋んだ。戦争が生活のなかに次第に入り込んでいき、それが一つの臨界を迎えた瞬間に幕を降ろす構成が、夢の中の風景の美しさと相まって非常に残酷な感じ。その前まで散々焦土と化した国土を提示していたのがなおさら心憎い。
読了日:8月22日 著者:中野孝次
http://bookmeter.com/cmt/58513238
■苦い夏 (河出文庫―BUNGEI Collection)
終戦後、労働者からインテリへ、あるいは地方から東京へと移動しようとする青年の自意識。田舎にも馴染めずかといって東京に居場所があるわけでもない、そのような立場のなかでひたすら苦悶し、そして周囲の人間からも「ブルジョワの洗練」に憧れてるだけじゃないのかとある種の蔑みの目線を向けられていると感じ、動揺し続ける精神の旅は、最後になんとかコンプレックスで駆動してきた自己の遍歴を肯定できたのかもしれないし、それはある意味救いなのかも、と思う。ひたすら苦しい読書だった。
読了日:8月29日 著者:中野孝次
http://bookmeter.com/cmt/58658446
■電波男
男女の恋愛を至上の価値とする恋愛資本主義社会を、所謂オタクの立場から批判する。YO!を連呼するくだけすぎた文体で武装しているが、極めて深刻なトーンの漂うあとがきから、これは愛を求めた男が孤独な運命に打ち勝つためにこそ書かれたテクストだったのだとわかると、なんというか著者の実存を賭けた本だったのだろうな、と思う。様々な軸での批判が錯綜しているが、結局keyの一連の作品群から導かれた家族愛こそ本田の求めていたものだったのではという気がして、萌えはそれを補完するサブシステムなのかなという気がした。
読了日:8月30日 著者:本田透
http://bookmeter.com/cmt/58681714
近況
2016年8月には『君の名は。』があった。それだけでいいと僕は思うわけです。
それにあわせて新海誠監督作品を視聴してました。
セカイにただ一人だけ――『ほしのこえ』感想 - 宇宙、日本、練馬
風景と叙情――『雲のむこう、約束の場所』感想 - 宇宙、日本、練馬
桜のなかに君を読む――『秒速5センチメートル』感想 - 宇宙、日本、練馬
喪失という祝福――『星を追う子ども』感想 - 宇宙、日本、練馬
映画館でみたのは以下の通り。
古代の力で世界がヤバイ――『X-MEN: アポカリプス』感想 - 宇宙、日本、練馬
ヒーローから化物へ、あるいはヒーロー性の偏在――『傷物語〈Ⅱ熱血篇〉』感想 - 宇宙、日本、練馬
自宅鑑賞で感想書いたのは新海誠監督作品以外では1本。
ある独裁者の死――『リアリティのダンス』感想 - 宇宙、日本、練馬
それとこのような企画にも参加させていただきました。大変楽しかったです。
広島旅行についてもちゃんと書き残しておこうという意思はあったんですが…。まあ時間ある時やれたらいいでしょう。