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フィクションは私たちを愛していた――『さよならの朝に約束の花をかざろう』感想

映画チラシ さよならの朝に約束の花をかざろう B

 『さよならの朝に約束の花をかざろう』をみました。いや非常によかったのではないかと思います。以下感想。

  ここではないどこか。そこには、私たちが竜とよびならわすものや、人里離れた場所で糸を紡ぎ布を織って生きる長命の一族が、最早お話のなかの存在と化して滅びつつあるとは、いえ確かに生きていた。人間どもはそれら伝説の存在の残り香を欲望する。攻め落とされた故郷を追われることになった長命の一族の少女。彼女は出会ったのは、名前も知らない母が、命と引き換えに賊の手から守った赤ん坊だった。幼い姿のまま悠久の時を生きる運命を背負った少女と、変転する社会に否応なしに巻き込まれる赤ん坊/少年/男の、出会いと別れの物語。

 『あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。』などのシリーズ構成・脚本で知られる岡田磨里の初監督作品は、近世あるいは初期近代風の異世界を舞台に語られるファンタジー。しかしそのファンタジー世界は生ぬるい雰囲気はなく、本作でもキャラクター原案を担当する吉田明彦がかつて関わった『タクティクス・オウガ』や『ファイナル・ファンタジー・タクティクス』とも通ずるような、少数者は容赦なく迫害される、この現実ともそのような点で相通じる世界。かつて、そのような作品のなかで、血に塗れている世界だからこそ語られうる愛とほのかな希望の物語が語られたように、本作でもまた、そうした愛の物語が反復・変奏されてゆく。

 そうした物語を支える屋台骨は強力無比。稠密に描き込まれた背景はそれ自体で自立し、ここではない異世界の実在感を強烈に訴える。この書き込みの密度によって、異世界といえどもたとえば宮崎駿などの先行作品のコラージュのような感じはまったくない(新海誠監督『星を追う子ども』はまさしくそのようなコラージュでしかなかったところにその失敗があったように思う)。

 その背景をバックに生きるキャラクターたちも、メインアニメ―ターをつとめる井上俊之ら所謂スーパーアニメーターによってその動きに確かな命が吹き込まれている。アクションシーンの素晴らしさは言うに及ばず、日常的な所作をこそむしろ丁寧に描き込まれたキャラクターたちは、たしかに異世界の生活者としてそこにあるのだ。とりわけ素晴らしいのが、産業革命黎明期のごとき雰囲気をまとった都市の描写で、過酷な労働が身体と顔に刻印された人間たちが、それでもなお日々を生きていく、そうした生活者の呼吸に満ちていたように思う。

 そのような強固な骨格に支えられて、如何なる物語が語られたのか。端的に言えば、本作が語るのはフィクションについての物語である。ある人間の幼年期からその死まで、という極めて長いスパンの時間のなかで語られる物語のなかで、長命の少女マキアは、変化してゆく世界と人間たちのあいだにあって、当然のことながらその容貌を変化させることがない。加えて、(他の長命の一族たちは身体の損傷やその極限としての死が描かれるのとは対照的に)肉体的に傷を負う場面を描くことは回避されている。このことから、大塚英志が『アトムの命題』以来たびたび言及する、まんが・アニメ的な「死なない身体」の具現として、マキアの存在は見立てうる*1

 だから長命の一族は、彼ら自身物語を織り込んで生きる存在ではあっても、物語の語り手というよりは物語そのものとして、物語の暗喩なのだ。私たちは齢を重ねてゆく。しかし物語は変わらずそこにあり続け、私たちが望むならつねに変わらぬ姿と活躍とを、再び私たちに見せてくれる。私たちは死ぬ。それは避けがたい。しかし物語は消え去ったりしないだろう。「原稿は燃えないものなのです」から。

 作中で、長命の一族たちはもはや世界にその居場所を失いつつあり、権力者の欲望のままに弄ばれる存在でしかない。その異世界を私たちの世界の似姿として眺めるならば、物語はいまや、支配と管理の代理人によって制御され、その自律性を失いつつあるのかもしれない。しかしそれでも、物語は私たちに多くのことを教えてくれたのだ。強さも優しさも、あらゆることはすべて、物語が私たちに教えてくれたのだ。青年になったエリアルがマキアに向ける感謝の言葉は、子から親へ向けられるという形式で語られつつもその実、私たちがいかにフィクションに多くのものを負っているのか、それを雄弁に語っている。

 こうして、フィクションによるフィクションの可能性の擁護の物語として、『さよならの朝に約束の花をかざろう』は見立てうるように思う。私たちと違う時間のなかにあるフィクション、それは私たちのなかに流れ込んでいるだけでなく、私たちもまた、フィクションのなかのほんの一隅でも居場所を見出し得るかもしれない、だからこうして、何かを語らずにはいられないのだろう。

 

 

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さよならの朝に約束の花をかざろう 公式美術画集
 

 

 

タクティクスオウガ 運命の輪(特典なし) - PSP

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ぼくらは都市を愛していた (朝日文庫)

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【作品情報】

‣2018年

‣監督・脚本:岡田磨里

‣副監督・チーフディレクター篠原俊哉

‣キャラクター原案:吉田明彦

 

‣キャラクターデザイン・総作画監督石井百合子

‣メインアニメ―ター: 井上俊之

‣コア・ディレクター: 平松禎史

美術監督東地和生

‣音楽:川井憲次

‣アニメーション制作:P.A.WORKS

‣出演

 

 

*1:読み返すの億劫でうる憶え(原文ママ)で書いてます。なんか見当違いのあれでしたらご教示ください。