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遠い街角の伝説、あるいは幸福なおとぎ話——『劇場版 ヴァイオレット・エヴァーガーデン』感想

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 『劇場版 ヴァイオレット・エヴァーガーデン』をみました。TV版、外伝の精神性を継承した、見事な仕事だったと思います。以下、感想。

  祖母はひとりで亡くなった。せわしく働く父と母は、晩年のさみしげな祖母をかえりみることがことができなかった——おそらくは「私」もそうなのだろう。その祖母が、いたく大事にしていたらしいもの——亡くなった曾祖母から、一年ごとに送られてきたという手紙。その手紙は曾祖母自身の手によって書かれたのではなく、「ドール」と称される代書屋の手によってタイプされたものであったらしい。「私」はたどる。かつて確かにこの世界で仕事をしていた、彼女の痕跡を。

 手紙の代筆を主な生業とする「自動手記人形」、ヴァイオレット・エヴァーガーデンの活躍を描くTVアニメの劇場版は、彼女のその後を、あるいは彼女の生きた世界の遠い未来を描く、完結編ともいうべき物語が語られる。外伝に引き続きシネマスコープサイズで捉えられた我々の世界の欧州と似て非なる異世界は相変わらず異様に稠密で、それがキャラクターにもある種の現実感覚を付与している。我々の世界とよく似た世界で、彼女は息をし、歩き、そして手紙を綴る。

 我々の世界にあっても、「手紙」が伝える事柄それ自体は、ほとんどたわいもない、ありふれた、凡庸なものである。しかしそのありふれたものに、いかに内実を与えるか。心のうちからあふれ出てゆく言の葉を、空疎なものではなく、いかにも真情をまとったものとして物質化できるか。「自動手記人形」の仕事に賭けられているのはおおよそそのようなことであり、それはこの『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』という作品そのものが雄弁に語る、フィクションの果たしうる仕事の一つでもあるだ。

 この精神性は言うまでもなくこの劇場版でも継承されていて、病の少年が家族に手紙を遺すという、ありきたりと形容されてもあながち否定はできぬであろうシチュエーションは、むしろTVシリーズとの明確な連続性を証明するために語られねばならなかったのかもしれない。病を得て衰弱した少年の死の間際の佇まいは、直視することをためらわせるほどに痛々しい。「死別」というフィクションにおいて無数に反復され、半ば記号化された情景を、単に記号として描いて事足れりとする態度とはまったく一線を画する仕事を、我々はなす義務があるのだといわんばかりの執念がこの場面にはある。

 さて、外伝でも示唆されていたように、20世紀初頭を想起させるこの異世界は、まさに世界が「現代」へと向かうその途上にあり、ヴァイオレット・エヴァーガーデンの周辺も否応なしに移ろってゆく。しかしこの劇場版の焦点はそこにはなく、彼女にとってこの世界の意味すべてを生み出し、そして彼女の前からいなくなってしまった男、その消息がこの劇場版の主要なドラマを形作る。

 死んだと思われていた男が生きていた。これをある種のご都合主義と形容することは容易い。しかしおそらく作り手はそんなことは百も承知で、だからこそこの映画は、あのような仕方で始まらなければならなかった。ヴァイオレット・エヴァーガーデンから眺めてはるか「未来」の挿話から、この映画は始まった。このある種の枠物語的な形式によって、ヴァイオレット・エヴァーガーデンの物語は——我々にとってそうであるのと似た仕方で——この物語の中においてもまた「歴史=物語」としての権利を得る。

 はるか未来から眺められた、幸福なおとぎ話。戦禍をくぐりぬけ、自動手記人形として各界の著名人とも接してほんの微かに歴史の表舞台にその身をさらしたのち、いずこかへ去った女性。いまは彼女の職業自体が我々の目の前から消え、そして彼女自身もまたとうに忘れ去られた現在。その時空において、「私」——デイジーマグノリアはかすかな痕跡から、彼女の物語を再構築してゆく。そして「私」が見出す、荒涼たる孤島の切手に刻まれた、あるいはその島の人々の所作が証明する、遠い街角の伝説。

 彼女が繰り返した無数の仕事のうちに、彼女の生の痕跡は託され、そして無数の人間の忘却に晒されようが、誰かがその痕跡を見出し、そして思い出す。ヴァイオレット・エヴァーガーデンの伝説が孤島の遠い街角でいまなお語られていたように、我々の街角も、あるいはエンドロールに流れる数多い固有の名前の一つひとつもまた、それぞれの伝説を持つ。その伝説のうちに、おのおののおとぎ話を想起すること。それもまた我々のなしうる喪の作業なのかもしれず、我々自身がそれぞれに書いた痕跡が、きっと誰かが何事かを想起するための縁になるにちがいないのだ。

 

 

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【作品情報】

‣2020年

‣監督:石立太一

‣原作:暁佳奈

‣脚本:吉田玲子

‣キャラクターデザイン・総作画監督:高瀬亜貴子

‣音楽:Evan Call

‣アニメーション制作:京都アニメーション