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罪を背負って生き延びること────『傷物語 -こよみヴァンプ-』感想

映画「傷物語」COMPLETE GUIDE BOOK (講談社BOX)

 『傷物語 -こよみヴァンプ-』をみました。こういうかたちで一つの映画にまとまったこと、喜ばしい限りです。以下、感想。

 野暮用で出かけた夜の帰り道、高校生の少年、阿良々木暦は、四肢をもぎ取られ助けを乞う、金髪の女吸血鬼と遭遇する。瀕死の吸血鬼は、血を、すなわち命そのものをよこせと叫ぶ。一度は逃げ去ろうとした阿良々木だったが、まるで赤子のように泣き叫ぶその姿にほだされたか、その命を吸血鬼のために投げ出すことを決意する。そこで阿良々木暦の命は尽き果てたかと思われたが、しかし彼は吸血鬼の眷属となって生き延びていた。女吸血鬼の四肢を奪ったという三人の刺客と対決し、人間に戻るため、阿良々木暦はなりたての吸血鬼として命を燃やす。

 西尾維新原作による、『化物語』の前日譚のアニメ映画化。『化物語』放映後に映画化を予告されながらも長らくその姿を我々にみせることはなかったが、2016年から翌17年にかけて、『鉄血篇』『熱血篇』『冷血篇』の三部作として結実し、このたびの『こよみヴァンプ』はその総集編ということになる。無論、単純に三部作を継ぎはぎしているわけではなく、モノローグを排し、様々な設定の開示等もあえて省略するなど大胆に細部をそぎ落とし、一方で結構な数の新規カットも挿入されていて、全体としては新鮮な印象を与える映画になっていると感じた。

 一方で、三部作の骨格部分は完全に継承され、画面の端々に映り込む、近代性を象徴する意匠────丹下健三の手になる山梨文化会館はあいかわらず塾の廃墟として登場し、また石油コンビナート、巨大な集合住宅である東雲キャナルコート、そして無論、、旧国立競技場(国立霞ヶ丘陸上競技場)────は存在感を放ち、この吸血鬼をめぐる物語は、日本列島における近代性をめぐる寓話としてアダプテーションされている。

 そのことについては、『冷血篇』の感想で書いたのでここでは繰り返さない。

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 この『冷血篇』公開時点で、東京オリンピックという表象は過去(1964年)と未来(2020年)に引き裂かれていて、それによって作品自体も独特の磁場を獲得しえていたように思うが、そのいずれも過去の出来事となったこの2024年において『傷物語』をながめてみると、日本列島の近代における輝かしきモーメントとしての1964年というところが否応なしに強調され、それによって作品の位置価はよりシンプルな強度を得たかもしれないという感じもする。

 また、これはこの『こよみヴァンプ』で改めて感じたことなのだけれど、取り返しのつかない罪と向き合う、というのは2010年代における一つの大きなモチーフとしてあって、『傷物語』もまたその系譜のなかに位置付けることでより批評的なおもしろみが増すんじゃないかという気はした。

 そうした作品群のなかでひときわ大きな注目を得た作品は疑いなく2012年公開の『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q』で、そこに東日本大震災の影響をみないわけにはいかない。とはいえ、この『傷物語』の原作の刊行は2008年だから、「ポスト・エヴァQ」的な問題系のなかに位置付けることはアナクロニスティックな所作であることは疑いえないのだけれど、公開延期の末、2010年代半ば、そして2024年に公開されたという磁場のなかで、『ヱヴァQ』の影の中に『傷物語』も入ったという偶然におもしろみを感じるわけです。昨年末までアニメが放映されていた『呪術廻戦 渋谷事変』もまた、主人公が取り返しのつかない惨禍を招き、そこには『ヱヴァQ』の残響が響いているとも思う。

 『ヱヴァQ』のあと、完結編の『シン・エヴァンゲリオン劇場版』では、犯した罪とどう向き合うかという問いは、正面から回答されることはなく、位相をずらされて「すでに生きてしまっている私」が前景化され、それを肯定することで立ち直るというプロセスが描かれた。

 一方、この『傷物語』は2008年の時点ですでに明快に答えを出していて、罪を背負って、そのことで極めて具体的な負債を負いながら、しかし生き延びていくという途が提示された。この罪が戦後日本、あるいは近代日本という固有の時空間に紐づけられたものであれば、それは戦争責任、戦後責任、植民地責任、等々、これまで様々議論されてきたまさにそのものであるだろうし、これから生じうる、我々には未知の災禍もまた含みこまれてもいるだろう。

 「物語」のはじまりに、この罪をめぐる挿話がおかれていることで、その「物語」は稀有な重さを得ている。その重さこそ、ある種の倫理の寄る辺になりうるのだろうし、そして「その後」、果てなく続いている彼ら・彼女らの旅のことを、罪を背負った者たちがそれでも生き延びている証しとして、我々は寿いでもよいのだろうと思う。

 

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傷物語』三部作、2010年代を象徴するアニメ映画の一つとしてあげましたが、この『こよみヴァンプ』もまた、2020年代のマスターピースになりうるのかもしれませんわね。

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