宇宙、日本、練馬

映画やアニメ、本の感想。ネタバレが含まていることがあります。

背中、その矜持と哀しみ────映画『ルックバック』感想

f:id:AmberFeb:20240628200453j:image

 『ルックバック』をみました。以下、感想。

 四コマ漫画を学級新聞に掲載しクラスの人気者だった小学生の少女、藤野。しかし、あるとき自身の四コマ漫画の隣に載った背景だけを描いた、不登校の少女、京本の四コマの圧倒的な画力に打ちのめされ、絵を描くことにのめりこんでゆく。しかしいつまでたっても画力の差は縮まらず、6年生になった藤野は絵を描くことをぱったりやめてしまう。小学校卒業の日、同じ四コマを描いたよしみで卒業証書を京本に届けるよう命じられた藤野。そこで彼女は知る。京本が藤野の四コマ漫画の熱狂的なファン、崇拝者であることを。二人は漫画を合作し、漫画雑誌に読み切りが掲載されるほど評価されるようになるのだが、二人の道はいつまでも一緒ではなかった。

 藤本タツキによる読み切り漫画を、天才アニメーター、押山清高の監督・脚本により映画化。藤本のキャラクターの特徴ともいえる荒々しい描線がアニメでも再現され、原作においては川勝徳重らがアシスタントとしてかかわったという稠密な背景は、アニメにおいてもよりリアリスティックなかたちで再現され、結果として原作の手触りを色濃く残したアニメ化となっている。

 原作が公開されたのは2021年7月19日。この日付は、あらためて確認するまでもないことだが、京都アニメーション放火事件を強く想起させるものである。リアルタイムで読んだ際、そのことが胸をざわつかせずにはいられなかった。しかし、アニメ化(というかそれが京都アニメーション放火事件とは特段関係ない日に公開されたこと)によってその日付の磁場からはいくぶん自由になり、むしろ藤本タツキ自身を藤野に仮託した、ある種の私小説的な調子が色濃くなっているようにも感じられた。これは作品そのものというよりも、そのパッケージングと、受け手のわたくし自身の変化ということもあるだろう。

 手練れのアニメーターが相当な力を入れて制作しただけあって、画面はリッチだし、特に序盤のクライマックスである、『雨に唄えば』のごとく雨中で文字通り狂喜乱舞し疾走する藤野の場面など、小学生の所作のまとうどことなくチープな感じも演出しながらも、強烈な解放感にあふれている。また、アニメにおいてはしばしば藤野に手を引かれその背を眺める、京本の主観のようなショットが挿入されるが、これは原作のコマには描かれておらず、「背中をみる」というタイトルをより強調するものになっている。

 それと原作での差分でいえば、京本が東北弁でしゃべるのが結構驚いた。原作読んだときはそんなイメージではなかったので。藤野は東京方言なので余計にギャップを感じたんですが、引きこもって家族とばかりしゃべっているから?みたいなキャラ付けなのかしら。

 『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』への参照についてはやはり原作を読んだときと同じくあからさまだと感じたが、それについては下の記事で書いたので繰り返さない。

amberfeb.hatenablog.com

 「漫画を描く理由」であった、もっとも心通わせた友人を喪ってなお、漫画家は描かねばならない。その矜持と哀しみとを、漫画家の背中は雄弁に語っていたのであった。

 

 

関連

 

amberfeb.hatenablog.com