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宇宙、日本、練馬

映画やアニメ、本の感想。ネタバレが含まていることがあります。

「お前の時間をよこせ」と近代は云う―ミヒャエル・エンデ『モモ』感想

モモ (岩波少年文庫(127))

 

 Twitter上で俄かにエンデが話題になったりならなかったりしていたので、そのビッグウェーブに乗って『モモ』を読むなどしていました。児童文学にカテゴライズされるものを読むのは久々だったので、やさしさあふれる文体がかなり新鮮な感じでした。以下適当に感想を。

灰色の近代

  遠い昔。あるいはそれほど遠くない昔。もしくは現代。あるいは、そう遠くない未来。活気にあふれる、ある国の大都市。そこに、葉巻をくゆらせた灰色の男たちがじわりじわりと忍び寄る。人々がそれを持っていることすら意識しない、しかし一度失ったならばそれを自らの手に取り戻すことは困難な、あるものを奪い取るために。それは時間。灰色の時間泥棒たちは、いともたやすく数多の人々の時間を奪ってゆく。

 しかし彼らにも、時間を奪い去ることが困難な種類の人間がいた。それは自分の時間を謳歌する子供たちであり、そしてその輪の中心にいる、一見みすぼらしい服を着た少女、モモ。子供たちからも時間を奪おうとする灰色の泥棒。少女モモは奪われた時間を取り戻すため、時間の導くままに走る。

「時間節約こそ幸福への道!」
「時間節約してこそ未来がある!」
「きみの生活をゆたかにするために―時間を節約しよう!」*1

 時間泥棒が掲げるこの標語は、かのベンジャミン・フランクリンの掲げた美徳、「時は金なり」とはっきり一致する。その標語は、「戦争は平和なり 自由は隷従なり 無知は力なり」(オーウェル『1984年』)のような、一見しただけで突飛に感じられるような、グロテスクなディストピアを想起させるものではなく、現代においてもまかり通っている「近代的」な精神を表現したものといっていいのではなかろうか。フランクリンの言葉に、マックス・ウェーバーは「資本主義の精神」をみたわけだし。

 時間泥棒によって自分の時間を奪われた、しかし同時に自分では「時間を貯蓄している」と固く信じる人々の様相に、現代に生きる人の姿を見て取るのはたやすい。

時間貯蓄家たちは、あの円形劇場あとちのちかくに住む人たちより、いい服装はしていました。お金もよけいにかせぎましたし、つかうのもよけいです。けれどもふきげんな、くたびれた、おこりっぽい顔をして、とげとげしい目つきでした。*2

 そんな時間に追われて働く人々の行きつく先は、

はじめのうちは気のつかないていどだが、ある日きゅうに、なにもする気がなくなってしまう。なにについても関心がなくなり、なにをしてもおもしろくない。この無気力はそのうちに消えるどころか、すこしずつはげしくなってゆく。*3

 そんなわけで、『モモ』を貫くのは、時間というタームに集約された近代のエートスを批判的なまなざしで捉えるトーンだと感じました。近代社会は、なによりも人々の時間を画一的に律することで駆動の条件を整える。それを「時間を盗まれる」という形で言い換え、近代を灰色の男たちに具象化させた。そんなふうにも読めるんじゃないかと。

 

 近代的なるものは僕が生まれてこの方、いやもうしばらくずっと逆風にさらされているように思われるんですよ。アドルノ、ホルクハイマー『啓蒙の弁証法』やらなんやら近代的なるものを批判する書物は巷に溢れている。今日においても近代批判は掃いて捨ててもまた次の日にはうず高く積もっていてもはや新味はない、というような状況だと思うわけです。『モモ』が出版された1973年も事情は多分変わらないだろうと思っていて、近代批判みたいなことをしただけで新鮮に映るような時代ではなかったんじゃないかと。しかし、そういうメッセージを子供に率直に伝えようとしたって面に、『モモ』の過激さはあるもかも、とも。完全に推測ですが。

 とはいえ、この過激な反近代の物語が読み継がれ、近代的なエートスにどっぷりつかった大人たちによって子供に与えられる図、というのはなかなかグロテスクというか、反近代すら飼い慣らし無害化する近代社会の強靭さみたいなものを感じたり感じなかったり。

 それとはずれますが、時間をめぐる逆説に満ちたこの物語の中で、せかせか急ぐ大人たちをあれほど滑稽に眺めていたにも関わらず、最後の最後には自分の時間を生きる少女モモに時限付きの任務を課すのは、なかなか皮肉が効きすぎてはいないか、なんてことも思ったりしました。急いで生きることを批判はしても、急いで生きなければならない、という逆説をモモという少女に折り畳んだクライマックスが、明るい世界が再び回復されるという結末の先に、再び灰色の煙が立ち込める未来を読めるのかも。なんてことを思ったりしましたが、そんな読みは野暮って感じもしますね。そんな感じで大変面白く読みました。

 

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*1:大島かおり訳、岩波少年文庫版、p.103。

*2:p.103

*3:p.360

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