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もっと新しいフィクションのほうへ――『羅小黒戦記〜ぼくが選ぶ未来〜』感想

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 『羅小黒戦記〜ぼくが選ぶ未来〜』を日本語吹き替え版でみました。以下感想。

  現代。人の住処が広がり、古くから土地に根付いていた人ならざる異能のもの・妖精たちは故郷を追われていた。幼い妖精のシャオヘイもまた故郷を追われ、都市をさすらう。そこでやさしき妖精と出会ったのもつかの間、なんの因果か憎き人間と旅することに。人と妖精のあいだで、彼は何を選ぶのか。

 昨年日本公開され、話題を呼んだ中国製アニメの日本語吹き替え版。既に多くの指摘があるように、『NARUTO』などの松本憲生の仕事を想起させるアクション作画はスクリーンに映えていて、見事なものだと思う。現代都市で異能者たちが外連味あふれる戦闘を繰り広げるのは『ノエイン』や『鉄腕バーディ』なども想起させるし、サイコキネシスの描写は『AKIRA』や『童夢』などの大友克洋の影響を否応なしに感じさせる。そうした見せ場が惜しげもなく挿入され、非常に快い。日本アニメのある部分を巧妙に継承している、と思う。

 また、自然と人間との葛藤という主題も、宮崎駿の『もののけ姫』や高畑勲の『平成狸合戦ぽんぽこ』など、我々にとってよく見知った作品群を想起させるものでもある。とりわけ、現代世界で人間に復讐を目論む自然の象徴、という構図は後者との相似を感じさせる。

 哲学者の戸田山和久は、『もののけ姫』を鑑賞している最中、「この主題に説得性のある解を与えられたら自分の仕事がなくなってしまう!」と怖れた(が、やっぱりそんなことはなく安堵した)というが*1、この『羅小黒戦記』も、この主題に対して積極的になにか新たな視点を提示する、というよりは、かなり保守的なところに落ち着いてしまっている、という感じがして、それがやや作品全体の印象を食い足りないものにしている、と感じる。

 端的にいって、「人間」の世界に順応できない妖精たちに、この作品ははっきり冷淡である。生き残ったものは牢につながれ、自らの命を捨てて最後の力を発揮したものに、「木材になる」か「有料の公園になる」という、いずれも人間社会のシステムに繰り込まれ搾取される物体以上のものにはならない、と妖精たちは冷たい目線を向ける。ここで「自然」が敗退しているのは、山が崩されたり木が倒されたりしているからではない。「自然」の象徴たる妖精自身が資本主義という人間のシステムを内面化してしまっているからだ。革命家の敗北は戦う前から決まっていたのである。

 高畑が多摩丘陵で戦うたぬきたちに全共闘運動(ないしもっと広い社会運動的なるもの)を仮託していたと推察されるのに対し、この『羅小黒戦記』において妖精という存在は、自然の象徴であるとともに、フィクションの暗喩としても見立てうる(たとえばナタの存在は、妖精が単純に「自然」の圏域にのみ属するとはかならずしもいえない証左といっていいと思う)。そうしたとき、この『羅小黒戦記』が結果として語ってしまっているのは、人間≒現実に奉仕することでしか、フィクションは存立しえない、という極めてドライな事実ですらある、ともいえる。

 中国語圏でフィクションを語ることが、いかなる負荷を背負ったうえでなされるのか、日本列島に安穏としているわたくしには容易に想像できない。たとえば劉慈欣『三体』の原語版の冒頭は(日本語版・英語版とちがって)文化大革命のシーンではない、という事実からも、そこにある種の曰く言い難い負荷の存在を認めることができよう。いわんや、多くの人間が制作に携わるアニメ映画においてをや。

 それでも、『三体』のような大柄な物語が中国語圏で語られたのだ、ということを考えるとき、やはりもっと、我々の想像もつかないスケールのフィクションが紡がれうる可能性に思いをはせざるを得ない。ファーストコンタクトという語り古された題材でもなお、我々が歴史のまさに中心にいるのだという自意識ないし無意識によって新たな骨格をまとったとき、それが強烈な新しさと普遍性を獲得しうるのだ、と『三体』は教える。これはたとえば『幼年期の終わり』や、『日本沈没』を書かせた時代感覚のようなものの為しうるわざなのだという気がする。

 それがこのように日本アニメ的な意匠をまとっているかどうかは知らないが、とにかく、もっと大柄で、我々黄昏のなかにあるものどもの度肝を抜く、新しいフィクションが、海の向こうで生まれ、我々に届くことを願う。

 

 

三体

三体

 
三体Ⅱ 黒暗森林(上)

三体Ⅱ 黒暗森林(上)

 
三体Ⅱ 黒暗森林(下)

三体Ⅱ 黒暗森林(下)

 

 

*1:『教養の書』