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ネオンと鮮血——『ラストナイト・イン・ソーホー』感想

【映画パンフレット】ラストナイト・イン・ソーホー 監督 エドガー・ライト 出演 アニャ・テイラー=ジョイ、トーマシン・マッケンジー、マット・スミス、

 『ラストナイト・イン・ソーホー』をみました。すばらしい悪夢!以下感想。

 ファッションデザイナーになるため、ロンドンへと上京してきた少女、エロイーズ。乱痴気騒ぎが日常となっている寮になじめず、早々にソーホー地区の古い借家に移った彼女は、霊感の強さもあって、1960年代にその部屋で暮らしていたらしい女の夢をみるようになる。きらびやかな夜の街を謳歌する女の夢は彼女のデザインや生き方そのものを軽やかにしていくが、しかし夢のきらめきはいつまでも続かず、彼女は過去の恐るべき闇に引きずりこまれてゆく。

 『ショーン・オブ・ザ・デッド』、『ベイビードライバー』のエドガー・ライトの最新作は、過去と現在とが夢を媒介としてまざりあうホラー映画。わたくしはエドガー・ライトのよい観客ではないが、もっとゆるい雰囲気の映画を撮る作家だと思っていたので、じりじりと精神がすり減っていく、オーセンティックなホラー映画になっているのが意外だった。

 主演は『ジョジョ・ラビット』のトーマシン・マッケンジー。夢のなかに現れる謎の女、サンディを『クイーンズ・ギャンビット』のアニャ・テイラー=ジョイが演じる。アニャ・テイラー=ジョイの輝きと凄味はとりわけ素晴らしく、この存在にエロイーズが強く惹かれていくのは極めて説得的。鏡を媒介に夢と現実、あるいは彼岸と此岸とを切断ないし接続していく演出も巧妙で、悪夢が現実と地続きになっていく中盤以降の逃げ場のなさがもたらす嫌な感じは本当に素晴らしい。映画館の暗闇は、このような悪夢を醒めた意識で経験するためにあるのだろうと思う。

 憧憬の対象だったネオンきらめく1960年代は、同時に弱者の魂を容赦なく毀損する鮮血の地獄でもあった。その闇の深さを描いたのは、作家のある種のノスタルジーへの禊だったのだろうか。結部、女を食い物にした幽鬼たちが、実は無念の死者だったことが明らかになるが、エロイーズはそうした弱い男たちとの連帯を拒否し、血まみれの女の魂こそを救いたいのだと願う。その決断は、いま・ここで誰のために映画をつくり、物語を紡いでいくのか、という問いに対する明確なアンサーにほかならないだろう。か弱い魂との微かな連帯の徴こそ、夢から覚めた我々が夢の中から持ち帰るべきものなのだ。