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近代の理想、アメリカの夢────アンディ・ウィアー『プロジェクト・ヘイル・メアリー』感想

プロジェクト・ヘイル・メアリー 上

 アンディ・ウィアー『プロジェクト・ヘイル・メアリー』を読んだので感想。ネタバレが当然含まれますが、この小説は絶対ネタバレ回避したほうがよいです。

 謎めいた部屋で目を覚ました男は記憶を失っていた。恐ろしく高価であろう機器によって生命を維持され、部屋には自分以外には死体が二つ。男はやがて思い出す。自身が、地球を滅亡から救うための決死の計画、プロジェクト・ヘイル・メアリーにかかわっていたことを。

 『火星の人』のアンディ・ウィアーの長編三作目。ライアン・ゴズリング主演で映画化が進行中だというが、(映画の予告編レベルの)ネタバレでも回避したほうがいいとの勧めをきっかけに読む。それはまさにその通りだった。

 宇宙空間のただなかで、男が孤独に戦う。その武器は科学的な思考と知識。この大きな骨格は『火星の人』と共通だが、この『プロジェクト・ヘイル・メアリー』では舞台は太陽系のはるか遠く、別の恒星であり、だから地球との交信もとれず孤立無援である。

 そんなさなか、宇宙船の動かし方すらわからない状態で試行錯誤し、地球を救うための手段を求めて試行錯誤を繰り返すさまは極めてサスペンスフル。科学の教師だったという主人公の男はその知識と思考を活かして決死のサバイバルを試み、そこには科学の背景ともいえる近代の理想のようなものを改めて立ち上げようとする挑戦をみてとることができるようにも思えた。それも『火星の人』と通底するバックボーンだろう。

 記憶が断片的にフラッシュバックして状況がわかってくる仕掛けは、(情報の出し入れが作者の思うがままという意味で)ご都合主義的ではあるが、そんなことは些細なことだ。物語は『火星の人』からはるか飛躍し、知的生命体とのファーストコンタクト、そしてそれぞれの惑星を救うための共闘が描かれるに至り、この小説のあまりの大柄さに大きな驚きを覚えた。この岩石でできた蜘蛛のような友人、ロッキーとの協力、悪戦苦闘こそがこの小説の大きな魅力である。

 最後の最後まで危機の連続だが、結部、地球に帰還して英雄となることを諦め、友人のために自身の命をなげうつ主人公の姿は、前述した近代の理想という次元を離れて、もっと根底的な次元での倫理を称揚しているようにも思える。近代の理想とアメリカの夢をめぐる冒険にひたすら胸躍らせた、幸福な時間でありました。

 

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