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弱者が世界を変えねばならない────『ラストマイル』感想

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 『ラストマイル』をみました。おもしろかった!以下、感想。物語の核心に触れています。

 世界的なシェアを誇るネットショッピング会社、デイリー・ファスト社。11月のブラック・フライデーを控え、首都圏の拠点である西東京の巨大物流倉庫に、新たなセンター長、舟渡エレナ(満島ひかり)が赴任する。そんなおり、デイリー・ファスト社から配送された荷物が次々と爆発する事件がおこり、舟渡は警察と渡り合いながら、会社の利益を守りつつ被害を防ごうと奔走する。爆発物を仕込んだのはいったい誰なのか、そして舟渡はいったい何者なのか。

 野木亜紀子脚本によるTVドラマ『アンナチュラル』と『MIU404』と世界観を共有する劇場作品。脚本は引き続き野木、監督はドラマで演出をてがけた塚原あゆ子石原さとみ星野源綾野剛らが演じたドラマの主要人物たちもファンサービス程度の出番ではあるが画面をにぎわし、それぞれの作品のメインテーマの劇伴も流れて素朴にうれしくなる。

 巨大物流倉庫はおそらくセット撮影だと推察するが、その途方もない巨大感といい、吹き抜け構造の醸すはったり感といい、すばらしく印象に残るロケーション。このなかで無数の人が働き、そして数限りない荷物が運ばれてゆくのだということにきちんと説得性を与えている。

 序盤、荷物に仕掛けられた爆弾は、いかにも爆発しそうな雰囲気を醸してきちんとそれを成就させ、そのことが作品全体に心地よい緊張感をもたらす。作品中ではほんの数日間の出来事を描いているが、映画としても緊張が持続し、サスペンス映画としてよくできている。それは『アンナチュラル』と『MIU404』がそれぞれすぐれた娯楽作品だったことと通底している。

 『アンナチュラル』と『MIU404』は、それぞれの仕方で日本列島のいま・ここと切り結び、とりわけ弱く虐げられたものたちの苦しみにフォーカスする挿話が印象的だった。この『ラストマイル』でも、グローバル企業の末端で過酷な労働を課せられる人々をとりあげていて、この三部作は2010年代後半から2020年代前半の日本社会のスナップショットとして極めてアクチュアルな作品であったと改めて感じる。

 姿なきテロリストが実はすでに亡くなっていて…という仕掛けは、『機動警察パトレイバー the movie』を想起させる(思い返せば『MIU404』も『パト2』の「幻の爆撃」を現代的にアップデートしてみせた場面があった)が、『機動警察パトレイバー the movie』のテロリスト、帆場がいわば空虚な中心のような機能を果たしていたこととは対照的に、この『ラストマイル』ではテロリストは明確に復讐者として設定される。無差別爆弾テロは、グローバル資本主義のなかですりつぶされた弱者の復讐劇なのだ。

 テロによる犠牲を防ごうと奔走しつつ、しかし巨大企業が労働者を責め苛むことにも明白なノーを突き付ける、というバランス感覚が見事で、主役が警察ではなく企業の一労働者であるがゆえに成立するこの作劇は、わたしたちのような吹けば吹き飛ぶ労働者たちに、「わたしたちの力できっとなにかを変えうるのだ」とエールを送っているようでもあり、素朴に勇気づけられる。

 巨大な力によって押し付けられる理不尽にノーという、ノーと言ってもよい、いや言わねばならないのだというこの映画の倫理を、わたしたちは適切な仕方で引き受けられるだろうか、といわれると甚だ自信はないのだけれど、しかしそれぞれができる仕方で引き受けていくこと、なんでしょう。必要なのは。

 

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