宇宙、日本、練馬

映画やアニメ、本の感想。ネタバレが含まていることがあります。

さよならの夏——『ぼくらのよあけ』感想

f:id:AmberFeb:20221022164437j:image

 『ぼくらのよあけ』をみました。『雨を告げる漂流団地』(こちらは未見)といい、団地ジュブナイルがにわかに熱い今日この頃ですわね。以下、感想。

 2049年、東京、杉並区。人工知能を搭載した家事用ロボットが普及した近未来。まさに取り壊しを控えた団地に住む少年たちは、ふとしたことから1万2千年かけて地球にたどりついた宇宙船、2月の黎明号が、団地の屋上で助けを求めていることに気付く。宇宙船をもとの星に返すため、少年たちは奮闘するが...。

 『アリスと蔵六』の今井哲也による漫画作品のアニメ映画化。アニメーション制作は『バッテリー』などをてがけたゼロジーで、監督は『コンクリート・レボルティオ』などに参加している黒川智之。キャラクター原案はイラストレーターのpomodorosa、キャラクターデザインは『おおきく振りかぶって』などの吉田隆彦だが、キャラクターの描線は原作の素朴でキュートな感触をかならずしも継承していない印象を受け、漫画と比べてみたときに、はっきりいってしまえば一枚落ちる、と思う。そのことはこの映画をみている最中ずっと考えてしまって、極めてすぐれた原作を持つが故の難しさだよなと感じたりもした。

 とはいえ映画としては手堅くまとまっていて、それは脚本を務めた佐藤大の力によるところが大きいだろう。大事な存在、友人、そして故郷との別離というモチーフに力点をおいた脚色によってミニマルながらスマートにまとまっている。SF的な道具立てを導入しながらも主に卑近な人間関係の綾で物語を駆動させ少年たちの生活世界で完結する、地味と形容していい物語を退屈させずに語り切るのは、やはり脚本家の巧みさでしょう。ペットボトルロケットを使ったクライマックスの問題解決は、その航跡が彗星のようにもみえて、映画という媒体ならではの見せ場になっていた。

 また、『サイダーのように言葉が湧き上がる』同様、団地という空間への愛着がほのみえて、近未来を舞台にしているにもかかわらずノスタルジックな調子が漂っている点も、この映画の味のひとつだろう。まさに取り壊される建物、誰もいないすこし広々と感じられる部屋。2022年現在でもまさに進行しているであろう都市の新陳代謝がもたらす故郷喪失のものかなしさを、別段団地という場で生活したことのない人間にも訴えかける普遍的なものにした手つきはえらい。

 そして別れのさみしさといえば、いうまでもなく家庭用ロボットのナナコの存在に触れないわけにはいかないだろう。主人公の少年を演じる杉咲花が、いかにも「慣れてない」感じの異物感でもって立ち現れるのに対して、悠木碧によって命を吹き込まれた人工知能のキュートさは作品全体の価値を救うレベルで決定的だったし、キャラデザの弱さを悠木の演技が救っていた場面は再三ならずあった。たとえば『電脳コイル』を想起してもいいだろうが、こうした別れのモチーフはジュブナイルもののお決まりのパターンとはいえ、その決まりきった展開に見事に実質を与える仕事は見事というほかないでしょう。

 全体として、傑作である漫画版には及ばないところが目につく映画ではあったと思う。しかし映画にしかない魅力があるのも事実で、まあ、みんなみにいったらいいですよ。

 

 

関連

amberfeb.hatenablog.com

 

 しかし、ジュブナイルでいったらほとんど完全無欠といっていい『地球外少年少女』の記憶も新しいわけで、目線は厳しくなりますね、どうしても...

amberfeb.hatenablog.com