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団地とモールとインターネット、鮮やかな泡沫―—『サイダーのように言葉が湧き上がる』感想

劇場オリジナルアニメーション「サイダーのように言葉が湧き上がる」オリジナルサウンドトラック

 『サイダーのように言葉が湧き上がる』をみました。極めてよくまとまったよい作品だと思います。みんなもみよう。以下、感想。

  7月下旬。地方都市、小田市。田園風景のなかにひときわ目立つ、ロードサイドのショッピングモール。無口で内気な俳句少年と、自身の前歯にコンプレックスをもつ少女とが偶然出会い、心を通わせていく。

 『四月は君の嘘』のイシグロキョウヘイ監督による、オリジナルアニメ映画。キャラクターデザインは同作でもイシグロとタッグを組んでいた愛敬由紀子。アニメーション制作はプロダクションIGの流れをくむシグナル・エムディとサブリメイション。キャラクターはキュートで、わたせせいぞう風味のビビッドな背景とあいまって、カラフルな画面を構成している。そうしたルックが本作の魅力であることは間違いない。そこに牛尾憲輔による劇伴がのると、いかにも今風でクールな時間が流れ始める。

 この『サイダーのように言葉が湧き上がる』の美点は、極めて禁欲的に「彼と彼女」の関係性のドラマに徹したこと。上映時間は90分未満。その長くない時間のなかで、シンプルなドラマが展開され、俳句やSNS、レコードやタギングなど、様々な小道具が画面をにぎやかすが、それらはあくまで少年と少女の関係性の深まりに花を添える記号にすぎない(とはいってもこの中で俳句は極めて重要な役割を果たしはするのだけれど)。時間的な制約の中に意味を充填させるというこの作品の所作は、ある意味で俳句的だといいうるかもしれない。

 そうしたドラマが展開する舞台として、ロードサイドのショッピングモールを選択した点にも、脚本の巧みさが光る。さまざまなテナントが居並ぶハレの空間であると同時に、デイケアサービスや歯科医院など、日常的なインフラストラクチャの備え付けられた場であるショッピングモール。彼と彼女にとってそこはふだん何気なく過ごす場であり、あるいは悪友とすごす秘密基地であり、労働の場でもあり、そして祭りの場所でもある。

 ショッピングモールそれ自体は没場所的であり、固有の土地との結びつきをもたないようにもみえるが、しかしその場には、薄れているとはいえ明確に過去の記憶が刻印されてもいる。それが少年と少女のドラマに伴奏する、老人の記憶をめぐる仕掛けと重なる。

 こうしたロケーションの選択には、脚本にクレジットされている佐藤大の影響があるのではないか、という気がする。佐藤は「団地」へのこだわりにしばしば言及しているが、この作品においても、少年が住まう団地と、少女の住む賑やかな戸建てとはある種の対比がなされているとも感じる。少年の住む団地やショッピングモールには悪友の落書きで俳句が書き込まれるが、それは規格化された没場所的な建築になにかそれぞれ特有の意味を見いだしていく我々の営為のメタファーともとれる。

 それはあるいは、インターネット配信によって身の回りに「かわいい」を見出していく少女、あるいはショッピングモールのなかに自分自身の文脈を見出していく吟行とも重なるかもしれない。この『サイダーのように言葉が湧き上がる』は、インターネットをそうしたパーソナルなささやきが、誰かに届いてなんらかのよすがを結びうる空間として表象する。だからこの映画は、少年と少女の「その後」を描くなんて野暮なことはしない。少年と少女は、これからもきっと、サイダーのように湧き上がる言葉たちによって、ぼんやり繋がってゆくだろうから。その言葉たちは、意味と文脈とで無機質な時間や空間を満たし、そうした泡沫がきらめくがゆえに、この映画の世界は美しく屹立するのだ。

 

 

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 『竜とそばかすの姫』もこのくらいのスケール感だったらなあ...とちょっと思ってしまいました。インターネットは少年と少女が出会ったり出会わなかったりする場というだけでいいじゃんね~という気持ちなんすね。

amberfeb.hatenablog.com

 

 

 

 

【作品情報】

‣原作:フライングドッグ
‣監督・脚本・演出:イシグロキョウヘイ
‣脚本:佐藤大
‣キャラクターデザイン・総作画監督愛敬由紀子
‣音楽:牛尾憲輔
‣主題歌:never young beach「サイダーのように言葉が湧き上がる」
‣劇中歌:大貫妙子『YAMAZAKURA』
‣演出:山城智恵
作画監督:金田尚美、エロール・セドリック、西村郁、渡部由紀子、辻智子、洪熙昌、小磯由佳、吉田南
‣プロップデザイン:小磯由佳、愛敬由紀子
色彩設計:大塚眞純
‣美術設定・レイアウト監修:木村雅広
美術監督:中村千恵子
‣3DCG監督:塚本倫基
‣撮影監督:棚田耕平、関谷能弘
‣音響監督:明田川仁
‣アニメーションプロデューサー:小川拓也
‣配給:松竹
‣アニメーション制作:シグナル・エムディ、サブリメイション
‣出演