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窓をあける人/涙にはまだ早すぎる────『特別編 響け!ユーフォニアム~アンサンブルコンテスト~』感想

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 『特別編 響け!ユーフォニアム~アンサンブルコンテスト~』をみました。みんな元気でよかったですね、ほんとうに...。以下、感想。

 一学年上の先輩たちが引退し、吹奏楽部部長に就任した黄前久美子。まだ部長としての立ち居振る舞いはしっくりこないが、12月に開催されるアンサンブルコンテストにむけて、部内ではそれぞれ少人数編成のチームが組まれ、あわただしい日々を過ごすのだった。

 『響け!ユーフォニアム』の最新作は、映画『誓いのフィナーレ』の後、黄前久美子たちが2年生後半に差し掛かった時期の挿話。1時間ほどの中篇で、部長としての在り方に悩みつつ久美子にスポットをあてつつ、奮闘する部員たちを描く。まだ3年生が卒業していないこともあり、引退した先輩たちが画面をにぎわせるサービスもうれしい。

 吉川・中川の凸凹コンビは相変わらずだが、とりわけ印象に残るのは音大受験に向けて練習に取り組む鎧塚みぞれ。『誓いのフィナーレ』でも、彼女は久美子からみたら「なに考えているかわからない先輩」なのだろうなという佇まいで画面に映っていたが、この『アンサンブルコンテスト』ではその不可思議ぶりに拍車がかかり、おかしみを喚起する。一方で、『リズと青い鳥』を知るわたしたちは、彼女が迂遠で、不器用な仕方で黄前久美子に感謝を伝えようとしているのがわかるので、非常に感慨深くもある。このようにしてわたしたちとキャラクターのあいだで積み上げられた親密さを活用されると、シリーズの強みというのを強烈に感じざるを得ない。

 みぞれが彼女流の語彙で形容する「窓をあけることのできる」人、というのが黄前久美子という人間の美点で、しかし彼女自身はそのことをあまり自覚していないようにも思える。その美点ゆえに、彼女が部長に推されたのだろうことも。この『アンサンブルコンテスト』は、あたりまえのように「窓をあける」────すなわち自然に他者によりそう彼女が、彼女なりの部長としての在り方を身体化する挿話でもある。

 久美子がアンサンブルコンテストに向けて加入したチームには、高坂麗奈を筆頭に部内でも実力者ぞろい。一方で、高校から吹奏楽部に入った加藤葉月のように実力では一段落ちるメンバーもいて、久美子がそれをどうフォローアップするか...というのがドラマの一つの焦点になる。それが人間関係に大きな摩擦を引き起こして...という展開もありえただろうが、それはいともあっさり処理される。このあたりのてつきのバランス感覚は好ましく感じた。

 その問題あるメンバーとしてフォーカスがあたるマリンバ担当の釜屋つばめは、テレビ未放映の番外編「かけだすモナカ」で加藤葉月らとともに、コンクールメンバーに選ばれなかった部員として裏方にまわったキャラクターである。加藤と彼女にフォーカスがあたるこの『アンサンブルコンテスト』は、ある意味で「かけだすモナカ」の精神的続編ともいえるかもしれない。彼女のドラマの決着がつき、そして久美子が何か自身の在り方をつかんだかのようにも思えるマリンバを体育館に運搬するシーンのディテールはこの映画の白眉といっていい。窓をあける、楽器を運ぶ、そうした日常の所作のなかに、わたしたちを勇気づける何かが宿りうるのだ、とこの映画は教える。それは「かけだすモナカ」の生き生きとした疾走とはまた水準が異なるのだが、しかし同じことを伝えているのだと思う。

 さて、アンサンブルコンテスト出場権をかけた演奏会の結果は、TV版2期で全国大会の演奏を省略したことを想起させるアンチクライマックスぶりで、この作品世界は高坂麗奈のような輝ける存在ですらその意志を貫徹させることができないのだとわたしたちに伝える。惜しくも敗れた彼女は、かつてのように大粒の涙をみせはしなかったが、しかしその目には涙が光っているようにもみえる。彼女はこれまでも幾度となく敗北してきたのだし、これからもその悔しさと絶えず向き合うことになる。しかし、この北宇治高校吹奏楽部で積み重ねてきた時間は、彼女にかつてのような大粒の涙を流すことをためらわせたのかもしれない。次なる舞台をみすえる彼女の佇まいは、涙にはまだ早すぎる、と無言で伝える。涙ではじまった彼女たちの旅路がこれからも語られることを、とてもうれしく思う。

 

感想

 

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久美子がつばめの欠点をすっと直してしまうあたり、将来の進路は教師だったりするのか...?みたいなことを思ってしまう。『ちはやふる』の連想もありますが、そういう展開にするなら「あなたが決めろ」と突き付ける滝の思想を乗り越える展開をどっかで用意してほしいわね...。しかし学校空間で輝ける日々を過ごした人間が学校空間を終の住処にする展開、わたくしは反対です!!!『少女革命ウテナ』なので!!!!

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黒沢ともよ氏、さいきんは『スキップとローファー』でそのお声をきいていましたが、しかしこうも見事に「黄前久美子」チューニングが繰り出されると、その変幻自在ぶりに改めて驚きますよ。

 

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