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苦悶と野心の大聖堂────『ブルータリスト』感想

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 『ブルータリスト』をみたので感想。

 第二次世界大戦後、マンハッタン島。ホロコーストの悪夢から生還し、新天地で生活の基盤を築こうとするユダヤ人の男、ラースロー・トート。かつてはその才気をもって知られた建築家だった男は、従兄弟を頼りフィラデルフィアへ。従兄弟の仕事である家具屋を手伝いつつ、ヨーロッパに残された妻と姪を待つ。ある仕事での大きなトラブルをきっかけに従兄弟と袂を分かつことになったトートだが、偶然にも大富豪の知遇を得、そのモニュメントともいえる公共施設の設計を依頼される。アメリカの大地で進行する巨大なプロジェクト。それはトートの周辺の人物たちを巻き込み、思いもかけぬ事態を出来させることになる。

 ブラディ・コーベット監督、エイドリアン・ブロディ主演の、架空の建築家を主役とした一代記。3時間超の長尺で、途中15分休憩をはさみ前後編にわかれる。冒頭、謎めいた暗い空間(のちに移民船だとわかる)での雑然とした様子から、逆さに映された自由の女神が突如画面に現れるシークエンスは、劇場でみると大迫力で、アメリカに渡った男の興奮を雄弁に語る。長い上映時間のなかに印象的なカットがしばしば挿入され、ドラマは必ずしも強い緊張を保っているわけではないが、みていて退屈しない映画であった。

 トートがてがけることになる巨大なコミュニティセンターはじめ、ロケーションや美術の魅力も大いに作品の風格を高めている。イタリアの石切り場を映す場面はかなりリッチだし、なによりトートの手掛ける書斎やコミュニティセンターは決定的な印象を残す。コミュニティセンターは実寸大のセットを建ててはいないと思う(そんなことをしたらあまりに予算がかかりすぎるだろう)のだが、建築中の巨大な柱や、安藤忠雄光の教会を想起させる仕掛けをもつ礼拝堂など、ときたま印象的に映すことで、存在しないながらも随所で迫力を放っている。

 だからこそ、トートがその建設、そしてそこに自身の意志が貫徹することに強いこだわりをもつことが説得的になろうというもの。エイドリアン・ブロディはつねに困り顔でたばこを燻らし、あるいは大麻に溺れ、大富豪の陳腐な語りにも理解者然としてうなづいてみせる。その行動はおおむね状況に流されているようにもみえるが、その心中にはバウハウスあがりの芸術家としての強烈なこだわりを持っていて、それが時に激発し、周囲と摩擦を引き起こす。

 やや唐突な展開のあと、コミュニティセンターの完成は宙づりにされたまま映画はエピローグになだれ込むが、トートの回顧展での姪のスピーチのなかで、コミュニティセンターの構造にはある大いなる仕掛けが施されていたことを我々は知ることになる。ここで語られる、「大事なのは旅路ではなく、その到達点なのだ」という思想は、この短くない旅路を建築家とともにしてきた我々にはかなり唐突に響く気もするが、しかし苦悶と野心の大聖堂としての建築、あるいは映画というイメージは、鮮烈にフィルムに焼き付いていると思う。

 

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