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宇宙、日本、練馬

映画やアニメ、本の感想。ネタバレが含まていることがあります。

千反田えるという最大の「謎」――アニメ『氷菓』の魅力についての雑感

アニメ 〈古典部〉シリーズ

氷菓 限定版 第3巻 [Blu-ray]

 

 アニメ版『氷菓』を象徴するフレーズと言えば、「私、気になります!」じゃなかろうか。そしてネット上で『氷菓』が語られる際にまず間違いなく発せられるうめき声が「えるたそ~」。どちらもヒロインである千反田えるに関わるものだと言う点で共通している。だからなんだ、と言われればそれまでですが、これって『氷菓』という作品の魅力を考える上では重要なんじゃないかとも思うわけですよ。究極的には、『氷菓』の魅力は千反田えるの魅力と言えるんじゃなかろうか。そんなことを考えたので、千反田さんの魅力を作品の筋というか、テーマである「謎」とからめつつ、つらつら書いてみたいと思います。

 アニメ『氷菓』は、折木奉太郎が「開かれる」物語である

 アニメ『氷菓』は、主人公・折木奉太郎が他者に向かって足を踏み出していく物語だと僕は思っていてですね。他者に向かって「開かれていく」というか。次第に「灰色」でなくなっていこうとする、と言い換えられるかもしれない。1年というスパンを通して、ゆっくりとその変化の様子を描いている。そんなことを以下の記事で詳しく書いたんですよ。

アニメ『氷菓』が描く、学校という〈場〉―折木奉太郎と福部里志の関係から考える - 宇宙、日本、練馬

  上の記事で一つのターニングポイントとして、「愚者のエンドロール」事件での失敗にあった、と僕は見立てた。それはある一面では正しいと今も思っているんですが、しかしもちろんそれだけではない。

 折木くんは事件という「謎」に接することで自ら他者の方へと足を踏み出していったと言えると思うんですが、彼の高校生活は「謎」を解くことのためだけに費やされているのではない。もちろんアニメで切り取られる彼の高校生活は「謎」と事件に満ちているけれども、それはもちろん物語上の都合にすぎないわけで。「謎」を解いていない間は、「灰色」かもしれないし「薔薇色」かもしれないし、はたまた「無色」かもしれない日常的な高校生活があるわけで。そう考えると、事件の「謎」は折木くんを変える決定的な要因ではなかったかもしれない。

 それでは決定的だったものはなにか。それが千反田えるという「謎」なんじゃないか。

 

千反田えるの「謎」と魅力

 折木くんは、いつから千反田えるという「謎」に惹かれるようになっていったのか。その決定的な瞬間は作中に描写されているかもしれないし、いないかもしれない。少なくとも僕は、決定的瞬間は画面に映されてはいないんじゃなかろうかと思う。かの羽海野チカ先生は「人が恋に落ちる瞬間を初めて見てしまった」なんてロマンティズムに溢れすぎる台詞を書きこんだりしたけれども、それは往々にしてほとんどの場合「人が恋に落ちる瞬間」なんて目に見えないからこそ意味をなすんじゃないいかと思うわけで。そもそもそんな瞬間なんてないんじゃなかろうかと。ただでさえ恋愛描写に関しては「意地が悪い」とネットで評判の米澤穂信先生が原作だし、そんな野暮なことはしてないと。

 しかし出会って結構早い段階で、折木くんは少なくとも異性として千反田えるのことを意識してはいた。それは第3話「事情ある古典部の末裔」の冒頭の演出から、饒舌すぎるほど饒舌に伝わってくる。

 

奉太郎「貴重な日曜日だぞ。お前と漫才するために浪費などできん」

える「す、すみません、私、緊張してるんです」 

奉太郎「緊張ねえ。俺に告白でもするつもりか?」

える「告白といえば、そうかもしれません」

  2話のラストの、喫茶店でのこのやりとりから3話の冒頭に繋がるわけですが、撮影効果で喫茶店がやたら桃色調に。

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 そして店内の時計はこんな感じに。

 

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 それが、以下のやりとりのあと喫茶店の景色は一変する。

奉太郎「マスター、コーヒーをもう一杯」

える「あの...実は...私...。私、折木さんに、頼みがあるんです!」 

奉太郎「えっ...あぁ...えっ...。頼み?」

 

 さっきまでハート形だった時計の振りこも、なんてことない形状に。

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 これって明確に折木奉太郎の目線から見える世界が演出されていると思うんですよね。ピンクの撮影効果がかかっている時に折木くんが画面に映ったりもするんですが、台詞から読み取るに彼の心情が単純に画面に投影されていると考える方が自然なんじゃないかと思うわけですよ。こんなところから、あって間もない段階で折木くんは千反田さんのことを異性として意識していたんじゃないかなと。

 そこから、千反田の伯父・関谷純をめぐる「謎」の解決だったりを経て、折木くんは千反田さんの方に次第に開かれていくのではないかと。思えば「愚者のエンドロール」編で千反田さんの指摘が最後の決定打となったのも、なんか特別な感情があったんじゃないかと勘繰りたくなりますよ僕は。

 

未だ語られざる千反田えるの「物語」=「謎」 

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 最終話に至って、折木くんと千反田さんはかなり「いい感じ」の雰囲気にはなる。しかし決定的な関係性にまでは至っていないようにも思える。その理由は折木くんのあとひと押しの弱さとか、千反田家をめぐるしがらみとかいろいろあると思うんですが、結局のところ、千反田えるの「物語」が作中で未だ語られていない、すなわち大きな「謎」が残っているからなんじゃないかと僕は思っています。「氷菓」事件は千反田えるの「物語」じゃないかって? 確かにそういう読み方は可能だとも思いますが、僕はそうは思わない。「氷菓」の謎をめぐる物語は、結局のところ語られなかったかもしれない関谷純の「物語」を救い出す「物語」なのではないか。それは関谷純と千反田えるの「物語」かもしれないが、千反田える個人の物語ではないと思う。だから僕は、「氷菓」編をもって千反田えるの「物語」が語られたとは思えないんですね。語られざる千反田えるの「物語」については以下の記事で妄想を巡らせたんですが、それはそれで。

「地元」に呪われる若者たち―『STAR DRIVER 輝きのタクト』と『氷菓』 - 宇宙、日本、練馬

  古典部員でいえば、福部里志伊原摩耶花の物語はすでに語られたと僕は思う。しかし未だ語られざる千反田えるの「物語」は確かにあって、そこにこそ折木くんが解くべき、しかし一生かけても解けないかもしれない最大の「謎」があるんじゃないか。その最大の「謎」こそ、アニメ版『氷菓』の魅力の源泉の一つなんじゃなかろうか。そんなことを思ったわけです。

 以下に以前書いた『氷菓』に関わる記事のリンクを。やっぱ僕は『氷菓』が好きなので、またなんか思うことがあったら書き留めておきたいですね。

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いままで書いた『氷菓』関連記事のまとめ。

 

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