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『日本沈没2020』感想

日本沈没2020 ORIGINAL SOUNDTRACK

 Netflixで『日本沈没2020』をみました。以下、感想。

  2020年。東京オリンピック終了直後。大きく揺れ動き、山は火を噴き、沈みゆく列島。生きようと、懸命にもがく人々。

 小松左京による、日本語SF史上に燦然と輝く金字塔『日本沈没』を、監督・湯浅政明が翻案。大阪万博などにも関与し、いわば為政者と近しい目線を身体化していたであろう小松は、日本列島を襲う未曽有の危機に対処すべく行動する科学者・官僚たちを主役に据えていた。それはいわば、日本列島を上から見下ろす「鳥の目」といっていい。

 対して、この『2020』では災害に翻弄されるしかない市井の人々を焦点人物として物語を進行させる。そこでは日本列島の全容は明らかにされず、登場人物たちはいわば地を這う「虫の目」しかもたない。原作では、「日本沈没」がほんとうにおこるのか?というのが序盤から中盤にかけての謎であったが、『2020』では1話からカタストロフが巻き起こり、目の前でまさに生起する出来事として「日本沈没」が提示される。

 このように、翻案にあたって、鳥の目から虫の目へと視点を大胆に転換させる、という戦略は理解できるし、妥当だったようにも思う。小松の原作あるいはその実写映画版は、我々の記憶にも新しい『シン・ゴジラ』などにも多かれ少なかれ影響を与えているだろうし、「鳥の目」で現代を舞台に新たな「日本沈没」を描いても、『シン・ゴジラ』の二番煎じに映ってしまったかも、とも思う。

 しかし、その方針がうまく肉付けされず、結果としてかなり奇妙な味わいを生み出している。被災した少女が自宅に辿り着くまでを描く1話は、かなり嫌な感じのリアリティと時間感覚に満ちていてある種の迫真性があったような気がするのだが、それ以降、安全な場所を求める逃避行が始まると、長距離・長時間の徒歩での移動を強いられる主人公一行の旅路は、その苦痛や不安は奇妙にオミットされているような感じも受け、そこで流れているはずの苦しい時間がショートカットされているような感覚を抱いた。だから、2話・3話で旅の仲間が唐突に死を迎える展開も、書き手の都合でキャラクターが機械的に退場させられたという印象がぬぐい切れない。

 このあまりに唐突な死は、極限状況下における死とはいかなるものなのか、という問いに対する一つの解答とみることもできるだろう。しかし、そのように意図を「読み取ってあげる」ことは、あまりに不本意だったろう死因を与えられた(不発弾などというおおよそ現実的とは思われない死ではなく、破傷風でも食中毒でも、いかにも道中でありそうな死を与えることができただろう)キャラクターに対して、なんとなく礼を失しているような気がしてならないのだ。

 そうした唐突な死と対比される形で、作中にはほとんど特権化された、栄光ある(といった表現を与えても不自然ではないだろう)死もいくつか現れる。これはフィクションのなかで無数に描かれたありきたりなもの(我々が心揺さぶられてしまうと知っているからこそありきたりなのだろうけど)といっていいだろうが、それが上記のようなほとんど理不尽で唐突な死と対比されることで、強烈な悪意を感じさせるほどの「栄光ある死」の特権化への諷刺になっているといえるかもしれない。最終話、主人公たちが「もし」逆の道を選んでいたら...と想像せずにはいられなくなるカットを挿入したのも、主人公の語りによって現前する「感動的な成長譚」を、愚かな判断で勝手に傷ついた物語に読み替える悪意なのかもしれない。

 さて、湯浅政明は、『夜明け告げるルーのうた』、『きみと、波にのれたら』でポスト東日本大震災の時代におけるフィクションを語ろうとしてきた作家であると思う。『日本沈没2020』もまた、そうしたポスト震災の物語の文脈に位置付けてよいだろうと思う。原作のラストのイメージがほとんどあてどない放浪の運命を予感させるものであるのに対して、この『2020』は、明確に再起のイメージを打ち出し、そして終わる。主人公の傷ついた身体が日本列島のあからさまな喩であることはいうまでもない。たとえば『Fukushima 50』のほとんど犯罪的に凡庸な再起のイメージと引き比べるならば、牛尾憲輔の劇伴にのせて日本列島の多様性を再確認するラストのモンタージュは、ある種の快を喚起するものではある。でもやっぱり、個人的な心情としては、このような快い再起の物語に身をゆだねるのは、思考の放棄にすぎない、としか思えないのだ。この物語に託された心情はわかるのだけど、それを寿ぐのはやっぱりうそだと思うのだ。

 『きみと、波にのれたら』の結末において、彼女はどのようなかたちで永遠に別れた男と再会したかを思いおこすならば、この『日本沈没2020』は明らかに後退している、と感じる。

 

 

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