『ゴジラ S.P <シンギュラポイント>』をみたので感想。
2030年。房総半島の謎めいた研究施設で奇妙な電波が受信されたことを皮切りに、赤い塵のようなものをまとって、地球各地に巨大な生物が突如出現する。既存の生物学では説明できないそれら怪獣の脅威と、失踪した研究者によって予言された「破局」。地球を、あるいは世界そのものを救うため、若き天才二人が世界を、あるいは日本列島を駆け巡る。
脚本に芥川賞作家にして前衛的なSF小説の書き手である円城塔を迎え、まったく新しいゴジラの物語が語られる。監督は『ドラえもん のび太の南極カチコチ大冒険』の 高橋敦史。アニメーション制作はボンズとオレンジで、キャラクターは作画で、怪獣などは3DCGで描画される。『青の祓魔師』の加藤和恵によるキャラクター原案を、キャラクターデザインの石野聡がキュートにまとめている。
スペキュレイティブなロジックの運動によってドラマが駆動していくさまはいかにも円城塔風といった感じだが、以下のインタビューなど参照すると、円城と高橋の個性がうまく混淆して作品がこういうかたちになったのだろうと推察する。
アニメ『ゴジラ S.P』【1】高橋敦史監督「意味のないシーンやセリフは一つもない」 | 朝日新聞デジタルマガジン&[and]
『ゴジラ S.P』円城塔インタビュー 実験と笑い、ポップで新たなゴジラの誕生 - KAI-YOU.net
円城塔が上記インタビューで『シン・ゴジラ』に呪縛されざるを得なかったと語っているが、交換可能な個の集合体である組織の運動こそが巨大な敵と立ち向かう力になる『シン・ゴジラ』に対して、『ゴジラ S.P』においては強烈な個である天才の頭脳のなかの運動こそがドラマを駆動させているという意味で、ある種のアンチテーゼともいえるドラマが展開しているのはおもしろい。
作中の出来事は途轍もない数の死者を生み出していることが推察されるが、死のかおりのようなものは希薄で、エンタメとして作品を立ち上げるための割り切りと、円城塔という作家の資質がかみあった結果ではないかと感じる。赤い塵の舞うなかで跋扈する怪獣には黙示録的雰囲気も漂うが、それによって雰囲気が暗くなりきらない。どれだけ追い詰められようが悲惨な感じに振り切らないのはこの作品の美点だろう。
それは加藤・石野のキャラデザや、釘宮理恵・久野美咲の演じるAIのキュートさ、エンディングの爽快感などなど様々な要素に負っているだろうが、主役である二人の天才が、まったく立ち止まらずに状況に対処し続けること、この運動が作品全体を規定しているが故だろう。世界各地を流されるように動き回る神野銘と、房総半島の片田舎で、奇妙な町工場・オオタキファクトリーの仲間たちと怪獣対策に奔走する有川ユン。この二人は物理的にも移動し続け、そして脳内ではつねにある種のロジックが探求され続ける。この二人の思考をショートメッセージのやり取りで演出する場面は、軽妙なスタンプのやり取りと高速で映し出される文字で彩られ、こちらに十全の理解を許さない。その「理解しなくてもいいロジック」によるはったりが絶妙に効いているのは、円城塔という書き手をうまく操縦したなと思う。
クライマックスにおいては、主人公二人の運動がAIへと託され、無限の時間のなかでの運動を生み出し、そして破局の回避へと結実する。ほとんど旅する自由を剥奪された今般の我々に手渡されたのは、結局のところ、どのような仕方であっても旅はできるのだし、それが何がしかを生み出しうるはずだという確信に満ちた物語であったことに、微かに勇気づけられた気がした。
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【作品情報】
- 監督:高橋敦史
- シリーズ構成・脚本:円城塔
- キャラクターデザイン原案:加藤和恵
- キャラクターデザイン:石野聡
- 怪獣デザイン:山森英司
- コンセプトアート:金子雄司
- CGディレクター:池内隆一・越田祐史・鈴木正史
- VFXディレクター:山本健介
- 軍事考証:小柳啓伍
- 美術デザイン:平澤晃弘
- デザインワークス:上津康義
- 美術監督:横松紀彦
- 色彩設計:佐々木梓
- 撮影監督:若林優
- 編集:松原理恵
- 音楽:沢田完
- 音響監督:若林和弘
- アニメーション制作:ボンズ×オレンジ