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かなしく切実な祝祭——『アナザーラウンド』感想

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 プライムビデオで『アナザーラウンド』をみました。しみじみいい映画ですね。以下、感想。

 血中アルコール濃度を常に一定に保つと、仕事の効率が良くなり想像力がみなぎる——。ノルウェーの哲学者の主張だというその命題を裏付けるべく、4人の高校教師は実験をはじめる。勤務中に飲酒し、血中にアルコールを混入させて指導にあたる彼ら。はじめはうまくいっていたかにみえたが、アルコールの摂取は次第にエスカレートし、次第に暗雲がたちこめていく。

 デンマークで制作され、アカデミー賞国際長編映画賞を勝ち取ったこの作品は、「アルコールを飲みながら仕事をする」というコメディ調の道具立てながら、きわめて切実なトーンの映画で、それが奇妙な味になっている。マッツ・ミケルセン演じる歴史の教師は、熱心に仕事に取り組んでいるとはいいがたく、劇中でも生徒に質問され不明瞭な回答を返し、保護者達にも問題視され詰め寄られる。一方で家庭でも夜勤の妻とはすれちがいが続き、同じくさえない中年の友人との交流くらいしか安らげる時間もなさそうだ。そうした中年の危機の打開のために取られたのが飲酒の実験というわけだ。

 4人の中年に焦点をあてて…となると、いやおうなしに濱口竜介監督の『ハッピーアワー』(この『アナザーラウンド』は男4人だから『ハッピーアワー』の参照元であるジョン・カサヴェデス監督『ハズバンズ』のほうが一層適当なのだろうけど、未見なので許して!)を想起するが、『ハッピーアワー』が長尺の上映時間をフル活用して中年たちの現実に大穴をあけていくのに対し、こちらは飲酒をめぐる実験という発想ひとつでそれを成し遂げているのだから、アイデアの強力さを一層感じます。

 飲酒の実験を通して壊れていく、あるいはもともと壊れていたものに改めて直面せざるを得なくなるマッツ・ミケルセンの小市民ぶりは痛々しく切実だが、結部、友人の葬儀で喪服を着こんだ彼はもうカタギでない雰囲気が出ていておもしろい。確かにさえない歴史の教師だった男が、バシッとカリスマ的な感じをまとってしまうのが、マッツ・ミケルセンという俳優の美しさなのだ。それがある意味ではフェリーニ的な祝祭のなかになだれ込んでいくクライマックスを準備しているのかもと思うのだが、友人の死を経由してそれでも飲まずにいられない、それでも人生を肯定するための「なにか」が必要なのだ…とでもいうようなマッツ・ミケルセンの踊りは、こちらの胸をぞわぞわさせる。その「なにか」が血中のアルコールなんかじゃないことはわかっている、それでもそこになにかがある気がしてしまう、その切実なトーンが漂う結部が、この映画をなにか特別なものにしていた、そんな気がする。