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春日太一『鬼の筆 戦後最大の脚本家・橋本忍の栄光と挫折』感想

鬼の筆 戦後最大の脚本家・橋本忍の栄光と挫折

 春日太一『鬼の筆 戦後最大の脚本家・橋本忍の栄光と挫折』を読んだので感想。

 黒澤明監督による不朽の名作『羅生門』、『生きる』、『七人の侍』、または松本清張の原作を見事に脚色した『砂の器』、あるいはあまりの支離滅裂ぶりにほとんど封印された作品になった『幻の湖』…。それらに脚本としてクレジットされた男、橋本忍。その生涯と、脚本・映画製作の舞台裏を丹念にたどった伝記。

 表紙カバーの見返し部分に、著者と橋本のツーショット写真が掲載されているが、本書の特色は晩年の橋本に丹念に聞き取りを行い、また死後には遺された創作ノートを紐解いて、それぞれの作品の成立過程を跡付けた点にある。

 とりわけおもしろく読んだのは、黒澤明監督作品をめぐる黒澤と橋本の役割分担をめぐるエピソード。『羅生門』の成立について黒澤と橋本の証言が食い違い、さらにインタビューのなかでは橋本自身による回顧録『複眼の映像』の記述すら信用できないのでは、という疑念が生じてくるあたりの読み味はほとんどミステリ小説のごとし。

 また、『生きる』や『七人の侍』では、黒澤、橋本に加えて小国英雄も脚本として参加しているが、これも三者三様に食い違う発言を残しているのだからほとんど「藪の中」状態である。それに対して、当時の橋本が残した創作ノート、メモをたよりに、蓋然性の高い制作プロセスを跡付けているのがえらい。500頁ちかい大作だが、極めてリーダビリティが高く、また橋本らの肉声もふんだんに引用され読みごたえもある。

 『八甲田山』撮影の際の大掛かりなロケや、『幻の湖』の失敗などそれ自体が映画的なおもしろみのある挿話が百出するが、ひとつ印象に残ったのは、『砂の器』のヒットの背景には、『人間革命』へのかかわりから生じた創価学会とのコネクションが利いていたのでは、という点。『砂の器』にクレジットされてるシナノ企画って創価学会系の会社だったのね、というのと、宗教団体の動員力というのは想像以上のものなのだなと。それは昨今の統一教会をめぐる動きでも実感するところではあるけれど…。

 

 春日は、橋本自身のことばをひいて、橋本作品には人が丹念につみあげてきた営みを無に帰す、賽の河原の鬼のような力が結部ではたらくことが強く印象に残ると書く。本書の結部はかなりあっさりしていて、橋本の死をもって筆がおかれるが、あとがきによれば「どんでん返し」を企図していたがそれは書かないことにした、という。本書のタイトルから想起するなら、「鬼」のおそるべき力を描き続けていた橋本自身が、いつのまにか鬼そのものへ変貌していたことを示す「なにか」を、物証込みで春日は得ていたのではないか、みたいなことを空想したりしたんだけど、どうなんでしょうか。