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漂流というイニシエーション、可能性のメランコリー────『Sonny Boy』感想

Sonny Boy

 『Sonny Boy』をみました。すばらしかった…。以下、感想。

 夏休みの真っ最中。中学3年生の少年、長良は、突如としてクラスメイトとともに学校の校舎ごと異空間に飛ばされ、いわば「漂流」ともいえる事態に巻き込まれる。校舎の外はのっぺりとした暗黒。ともに漂流するクラスメイトのなかには、なぜか超能力を使えるものもおり、校舎の閉鎖空間のなかで退屈しのぎに能力を発揮するものもいた。長良は事態を傍観し、ひとり寝転んでいたのだが、そこに転校してきたばかりの少女、希が声をかけてきて…。

 2021年放映のオリジナルアニメ。アニメーション制作はマッドハウス、監督は『ACCA13区監察課』、『ブギーポップは笑わない』の夏目真悟。夏目は全話で脚本も手掛けていて、オープニングなしに本編がはじまる、テレビアニメのフォーマットから逸脱した形式もあいまって、どこか個人製作のインディーズ作品めいた手触りがある。

 キャラクター原案は江口寿史がつとめていて、写実性と漫画的な記号性の絶妙なバランス感覚が発揮されたキャラクターたちの造形はこの作品の大きな魅力になっている。とりわけ、ショートカットでまっすぐな雰囲気の希、ぶっきらぼうだが奥底に優しさを秘めた瑞穂の二人のヒロインの造形はとりわけ印象的。校舎の外に広がる暗黒ののっぺりとした黒が印象的だが、全体としてはっきりとした色遣いの背景が独特の印象を残し、現実世界とは異なる異世界の不気味さ、そこで過ごす不安を感じさせる背景美術の仕事も見事。

 謎の異世界から現実世界への帰還を目指すというのがドラマの中心にあり、そのなかで主人公である長良が成長していく、というのが主要なストーリーラインとしてあるが、そのシンプルな骨格があるがゆえに、展開はこちらの予断を許さない変幻自在ぶり。第1話で、中学生たちによる「ルール作り」からそれへの反発、抗争…という、ある種のテンプレート的な展開をあっさり処理して、校舎という閉鎖空間から、謎の孤島を中心とするさまざまな異世界を探検することになる。

 現実世界から切り離されたとはいえ、切実な命の危機があるわけではなく、「ニャマゾン」からの配達で物資は豊富だし、怪我をしてもいつのまにか治癒している、満ち足りた静止した世界。そこに、明示的に言及される楳図かずお漂流教室』以上に、押井守の傑作、『うる星やつら2 ビューティフル・ドリーマー』との親近性を感じさせもする。一方で、数千年の時を経ていくうちに自己が希薄化し、やがては「死」を迎えるらしいことや、恐るべき疫病の存在、そして理不尽ともいえる事故で死に至ることも明示され、ここが単なるモラトリアムのユートピアではないことが示される。それはある意味では、異世界も現実世界の似姿であることを暗示しているようにも思える。だからこそ、この異世界での冒険は『ロビンソン・クルーソー』や『二年間の休暇』に擬せられる、イニシエーションとして機能することになる。

 異世界をめぐる冒険のなかで、主要人物たちの心中をモノローグなどで説明することはせず、世界のルールや超能力の説明も断片的にとどめ、こちらに想像と理解をゆだねていく。この視聴者を信頼した語りの手つきによって、作品全体の寓意性がかなりあがっていて、それが作品に深い陰影を付与している。物語の折り返しとなる、「映画の編集」を通して現実世界への帰還を果たそうとする挿話は、そこに創作ないしアニメーション制作をめぐる問題系を看取しううるメタ的な挿話になっているし、『ぼっち・ざ・ろっく』・『葬送のフリーレン』で監督を務めることになる斎藤圭一郎が画コンテ、演出をつとめた第8話「笑い犬」は、この作品の設定と演出とが見事に結晶したすばらしいエピソードだった。

 そうしたエピソードの積み重ねによって、主人公である長良は大きく変化していくことになるが、それがあからさまな葛藤や事件ではなくて、もっと散文的であいまいなものとして提示されていることがこの作品の大きな美点で、それを1クールという決して長くない時間のなかで達成してみせたのは、ひとえにこの作品の達成の一つだろう。

 かけがえのない友人との別離を経て、決然と現実世界への帰還を選び取った長良だが、帰還した先の現実は灰色にくすみ、「果ての島」の青空と対照的に雨模様が続く。バイト先では理不尽な叱責に晒され、目指すべき目標を指していた希の遺物であるコンパスは、壊れたようにその針を回転させる。このコンパスが示すように、イニシエーションの過程では明白であった確固たる目標は現実世界では失われている。

 しかしそれでも、別の世界、誰も知らない世界から少年は何かを持ち帰り、だからかつては見捨てた鳥を、今度は自分の手で救おうとする。そのことで、きっと交わらないはずだった、大切な友人との縁がほんのわずかに回復され、物語は終わる。この駅のホームのシークエンスに、新海誠監督『秒速5センチメートル』の踏切の場面への目配せを感じるのは『秒速』に毒されすぎかもしれないが、『君の名は。』のように運命の相手として再会するというのではまったくないが、経験によって育んだ善なる意志が、かすかな奇跡をもたらすかもしれないのだという祈りがあるのであり、それこそが、可能性のメランコリーのなかでまどろむ少年の、偉大な冒険のささやかな報酬なのだ。

 

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2020年代の『ビューティフル・ドリーマー』フォロワーとして、2023年公開の『アリスとテレスのまぼろし工場』があったわけですけど、『ビューティフル・ドリーマー』的な仕掛けの強度をあらためて感じるところです。

amberfeb.hatenablog.com

 

 

TV ANIMATION「Sonny Boy」soundtrack

TV ANIMATION「Sonny Boy」soundtrack

  • アーティスト:VARIOUS
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