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うつろう/道の途中で――映画『ペンギン・ハイウェイ』感想

ペンギン・ハイウェイ 公式読本

 『ペンギン・ハイウェイ』をみました。原作を読んだ時からアニメになったら映えるだろうなと思っていたのですが、期待以上に素晴らしかったです。以下感想。

  大人になるまで三千日あまり。まだ道の途中。ひび「えらくなる」少年が、忘れられない不可思議な出来事と、あるいは女性と、出会う。

 森美登美彦による原作を、『陽なたのアオシグレ』の石田祐康監督とスタジオ・コロリドが映画化。脚本は、森美の『四畳半神話大系』・『夜は短し歩けよ乙女』の脚本をつとめたヨーロッパ企画上田誠。アニメ版『四畳半神話大系』・『夜は短し歩けよ乙女』は、原作の最大の魅力といってもよい擬古文的な語りを見事にアニメに落とし込み、独特の異世界としての京都を創り上げていたが、『ペンギン・ハイウェイ』においても、原作のませた少年の語りを随所に挿入し、しかしあくまで現実と地続きのものとして、少し不思議な出来事たちを描く。

 現実との連続性を強く感じさせる舞台を背景に、素朴な印象のキャラクターたちは極めて魅力的に立ち現れる。少年アオヤマくんにとって最大の謎であるお姉さんの醸し出す自然な魅力は言わずもがな、いじめっこのスズキくんすら所作や表情にかわいらしさをまとっていて、作品世界全体がやさしくやわらかな印象をもつ。

 地に足のついた世界のなかで、しかしそれが現実から大いに飛翔する瞬間があり、アニメとしての『ペンギン・ハイウェイ』の魅力を形作るのは、まさしくそうした瞬間だろう。コーラの缶が水滴を散らしつつ、いかにも自然に、ペンギンへと変わってしまうあの瞬間。予告でもみることができるこのメタモルフォーゼの質感こそ、アニメでしか演出しえない強烈に快感を生み出す。そうして身近な事物がメタモルフォーゼしたペンギンたちが、現実世界を塗りつぶして躍動し、やがて不思議な異世界へと逢着するクライマックスが、本作の白眉であることは疑いなく、『陽なたのアオシグレ』の記憶が否応なしに呼び起こされる。

 しかし、そうしたアニメーションの強烈な力と裏腹に、映画全体は、どちらかといえば全体としてとても抑制がきいていたようにも思う。『陽なたのアオシグレ』は短編だったこともあって、クライマックスの印象がアルファにしてオメガという感じだったが、『ペンギン・ハイウェイ』におけるメタモルフォーゼはあくまで全体を構成する一部という仕方でそこにあり、それが作品の中で奇妙に突出してしまっている、ということはない。

 その意味で、『ペンギン・ハイウェイ』はまさしく「うつろいゆくこと」の映画なのだが、それは鮮烈に画面にあらわれるものでもあり、同時にあくまで平坦に繰り返される日常=研究活動のなかで水面下で進行するものでもある。人はどうやら、子どもから大人へ、だんだんと変化していくものらしい。しかしその変化は、おそらく少年が考えていたように、明確にカウントダウンできるものではないらしい。缶のコーラがペンギンに変わるとき、いつまで缶で、いつからペンギンなのか、それはわからないのだが、うつろいゆく瞬間のなかで、缶はたしかにペンギンになる。

 うつろう道の途中で、人は誰かと出会い、別れ、眠る。繰り返される眠りのなかで忘却され、しかし偶然に喚起されるそれらの記憶を、私たちはたぶん、夏という時間のなかに見出すのである。

 

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ペンギン・ハイウェイ (角川文庫)

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【作品情報】

‣2018年

‣監督:石田祐康

‣原作:森美登美彦

‣脚本: 上田誠 (ヨーロッパ企画)

‣キャラクターデザイン:新井陽次郎

作画監督:永井彰浩、加藤ふみ、石舘波子、山下祐、藤崎賢二

‣音楽:阿部海太郎

‣アニメーション制作:スタジオコロリド

‣出演