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時の箱庭、箱庭の時──石黒正数『それでも町は廻っている』感想

それでも町は廻っている(1) (ヤングキングコミックス)

 このところ、未読だった石黒正数それでも町は廻っている』の最後のほうを読んでしまい、喪失感をおぼえています。以下、感想。

 東京の下町、丸子商店街にある、喫茶店シーサイド。そこではなにやらあやしげな老婆と、どうもせわしない女子高生たちが、メイド姿でもてなしてくれるという…。喫茶店シーサイドではたらく女子高生、嵐山歩鳥を中心に、商店街や学校でまきおこる騒動を描く。

 2005年から2016年にかけて『ヤングキングアワーズ』に連載された、石黒正数による漫画作品。一話完結だが、作中で時は流れてゆき、その時々でキャラクター同士の距離感も変化していく。そしてこの漫画の味は、それらの時系列がシャッフルされたかたちで提示されることで、一話完結のライトな読み味が積み重なり、終盤ではしばしば強烈にエモーションをゆさぶってくる。

 わたくしはまだ読んでいないのだが、公式ファンブックで作中のタイムラインの種明かしをしているようで、序盤はライトなコメディ漫画といった風情のこの作品が、いかに緻密な箱庭として形づくられていったかわかろうというもの。

 読み返すまで気づかなかったんですけど、作中の舞台である丸子商店街は東急多摩川線下丸子駅近辺がモデルになっているんですね。わたくし、以前は近所に住んでいたこともあって、すごい親しみを覚えたりしました。たしかにあのあたり、区内ににつかわしくない緩やかな時間が流れている雰囲気があり、この奇妙な時間の流れる『それでも町は廻っている』という漫画にふさわしい舞台かもしれません。

amberfeb.hatenablog.com

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 漫画を読み終えてしまった喪失感で、久しぶりに2010年に放映されたアニメ版を再見したりもしました。梅津泰臣演出のオープニングは掛け値なしのすばらしさ。坂本真綾による「DOWN TOWN」のカバーのアレンジもきらびやかでとっても素敵。放映当時は、アニメーション制作のシャフトおよび新房昭之の演出について批判の声もきかれたし、主演の小見川千明に対してネガティブな反応もあったと記憶していますが、見返すとそれぞれ得難い味になっていると感じますわね。

 『化物語』以後、『魔法少女まどかマギカ』以前のシャフト、すなわち2010年代を代表するスタジオのターニングポイントとターニングポイントの谷間の仕事という意味でおもしろいと思うし、主演の小見川千明悠木碧の凸凹コンビのバランス感覚もお見事。『ソウルイーター』のマカ・アルバーンの異物感アリアリのころよりはこなれているが、やはりまだ「ヘタウマ」感の強い小見川を、スーパープレイヤーの悠木が支える構図になっている気がするのだが、しかし歩鳥のどこか抜けていて、しかし自信満々なパーソナリティにはそのヘタウマ感がよくマッチしていると思う。その後、『花咲くいろは』なんかでベタな美少女演じるようになってだいぶヘタウマ感は薄れていったように思いますが、しかしキャリアのこの段階でしか出せない味がでていて、いまみるとそれがより味わい深いと感じる。

 アニメを改めてみると、序盤は原作もコメディ色の強い挿話が多く、終盤になるとミステリータッチのお話やすこしふしぎなSF掌編が増えていったり、キャラクターのドラマの掘り下げなんかをやるようになっていったのだな、と改めて気づかされる。歩鳥は商店街での楽しい日常がずっと続けばいいなと願っているが、しかしそれが永遠に続くことはないことも理解している。

 終盤、探偵の仕事がある人物の人生を決定的にネガティブに変えてしまう、という挿話があって、ここに黒田硫黄セクシーボイスアンドロボ』の残響をみたりもした。『セクシーボイスアンドロボ』は結局、その困難を少女がいかに克服するか、日常と自身の仕事をどう折り合いをつけるのかという問いに答えることができず、結局中途で終わってしまったのではないかと思うのだが、この『それでも町は廻っている』は不可逆に流れてゆくときのなかにキャラクターを放り込むことによって、その種の困難を中和しているのかもしれない。キャラクターたちは時の箱庭のなかにいる。箱庭の時はめぐり、いつしかわたしたちは再び、彼女たちと出会うことになるのだろう。

 

 

 ファンブック、しらぬまにプレミアついとるやんけ…